千手観音 
道成寺
(和歌山県日高川町鐘巻)
   安珍・清姫の物語で知られる道成寺は、JR紀勢線道成寺駅北の高台にあった。目指すは宝仏殿、写真の国宝千手観音立像だ。殿内に入る。国宝像は、脇侍の伝日光月光両菩薩立像など二十数体の仏像群の主尊として立っている。
 この千手観音像は平安前期9世紀のヒノキ一木造りだ。像高3メートル弱。左脇侍の日光はヒノキ。月光はカヤ材。ともに中尊より50センチほど低い。
 日光月光両菩薩は薬師如来 異色の44手、伝説の寺の本尊
の脇侍が一般的で、観音との三尊像は奇異に見える。だが、両菩薩は千手観音関係の経典に登場するほか、不空羂索など変化観音の脇に立つ例もある。これらを論拠にして道成寺型の三尊構成を是とする説もあるという。
 千手観音は通常、42臂(42本の腕)。ところが、この国宝は44臂と異色だ。胸部は細長で腰高、脇手との均整もよい。顔の表情が拝観角度によって異なる。正面からは頬の豊かな温顔、斜め下か
ら仰ぐと面長な現代風の美男顔に。両脇侍も国宝で、平安前期らしい重厚な像容を誇る。
 道成寺には本尊格の大型千手観音立像が3体ある。1体は宝仏殿の国宝像。もう1体は33年ごとに開帳される本堂の秘仏・北面本尊。昭和末にこの3メートル級の像の胎内から、損壊した8世紀の木心乾漆千手観音が見つかった。
 この胎内像が初代本尊で、何かの原因で壊れた。平安時
代に本尊を復興して現国宝像を造り、さらに南北朝時代に破損仏を収める鞘仏の北面本尊を造った。初代像は今、2メートル超の32臂像に再生されて本堂で公開されている。
 寺伝によると、道成寺は文武天皇が701年に夫人藤原宮古の発意で創建した。開山は義淵僧正。近年の境内発掘ではこの創建に適合する8世紀の瓦や堂跡が出土した。
 壮絶な女性の恋情を描いた平安時代の安珍清姫説話は文楽や歌舞伎。舞踊などで有名だ。清姫は大蛇と化して寺の1キロ南を流れる名川日高川を渡り、道成寺を襲った。そして安珍の潜む鐘を焼く--。
 寺では、僧によるこの物語絵巻の20分口演がある。熱弁に拝観者から喝采が沸く。
 (フリー記者 岸根一正)
No12-02/01