十一面観音
長谷寺
(奈良県桜井市初瀬)
 真言宗豊山派の総本山・長谷寺。本尊の十一面観音菩薩立像は丈六り2倍強、3丈3尺6寸(10・18メートル)の巨像である。国宝重文の木像仏で破格の像高を誇り、その迫力には思わず息をのむ。春と秋の一定期間、この巨像観音が足元から特別拝観できる。
 昨秋の好天日、本堂東側の通路をくぐって本当の立つ内々陣に入った。突然、目前に黒光りする大きな足が出現。元は漆箔の金色だが、参拝者がなでさすって漆地に。全てが大作りで錫杖の柄は直径11センチ、衣のひだも豪快だ。見上げると、肘を曲げた左手に水瓶、その上に顔。顔はあご、水瓶は底ばかり目につく。
 造立は室町時代の1538年。寄せ木造りで運宗らの師名も残る。漆箔の金色をはじめ保存状態は極めて良い。内々陣を出て、通常の礼拝位置である「相の間」の石畳へ。腰付近から供物壇に隠れて見えないが、慈悲と尊厳を漂わす顔や頭上面、胸などはほぼ真正面から仰げる。
 垂らした右手に錫杖と数珠を執り、大盤石と呼ばれる磐に立つ。中世の復興像だが、地蔵菩薩のような姿は原像のまま踏襲されている。いわゆる長谷寺式十一面観音の根本尊像だ。同形の像は鎌倉・長谷寺や奈良・西大寺など宗派を超えて全国の寺々に立つ。
 長谷寺は西国三十三番札所所観音霊場の八番札所。
右手に錫杖高さ10メートルの迫力
傘下の豊山派寺院は約3千。その8割が関東以東に分布する。奈良の飛鳥寺や岡寺、東京の護国寺など古寺や名刹も多い。
 寺伝による長谷寺の創建は7世紀後半の白鳳時代。飛鳥・川原寺の道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(国宝)を作り奉安したのが草創という。
 次に奈良時代、聖武天皇の信を得た開山の徳道上人がクスの霊木で十一面観音を造り、草創地の東に堂を構え寺観を整えた。以後は被災と復興の繰り返し。斜面に立つ根本堂(国宝)は近世前期の巨大懸け造りである。初瀬は「隠口の泊瀬」とも表される山間地。更科日記や源氏物語なとと並ぶ都人の遠地参拝で、大勢の平安京の貴人らを初瀬の旅へと駆り立てた。           (フリー記者 岸根一正)
No70-03/03