刀 無銘 名物島津正宗
  (鎌倉~南北朝時代 14世紀)  名物料理や名物茶道具、世の中には様々な名物が存在するが、日本刀においては『享保名物帳』に記載されている作品のみが狭義の「名物」と呼ばれる。
 享保名物帳とは、享保年間(1716~1736)に8代将軍徳川吉宗が本阿弥家に命じて編纂させたとされる名刀のリストで、編纂当時は『古刀名物帳』『刀剣名物帳』などと呼ばれていた。江戸時代の武家社会において、この名物帳は
名刀の出目や伝来をいわば公式に保証し、格付けをするものであり、栄えある子のリストに記載された名刀のみが名物の称号を得られたのである。
 現在においても、名物帳記載の作品のうち、約30口が国宝に、同じく40口弱が重要文化財に指定され、その他に10口あまりが御物として保管されていることからも、収録作品の吟味には並々ならぬものがあつたと思われる。
 さて、本品はその享保名物帳に「島津正宗 麿上長二尺二寸七分 代金二百枚」と記載されている名物刀剣である。名物名である「島津」の由来は当時かにして既に不明であったが、島津と言うからには薩摩の島津氏となんらかの関係があつたのは間違いない。名物帳編纂時代は松平加賀守(前田綱紀)所持であったが、数年後に将軍家へ献上され、長らく秘蔵されてきた。その後、近世末から近代にかけての時期に流出し、1969年に近衛家から大阪の個人に譲られるまでの経緯は、実際のところ不明と言わざるを得ない。
 これほどの名物刀剣か゛150年近くにわたつて所在不明であったこと自体が驚きであり、まさに「幻の正宗」と言って過言ではない。磨き上げられてはいるものの、健全な姿形と、精美な大板目に細かい地錵(焼き入れによつて鉄の組織が変化した結晶)がついた地金、先端に向かって躍動感あふれる刃文は正宗様式の最たるものである。京都国立博物館へ寄贈された。
  (研究員・末兼俊彦)