緑釉犬
  中国・後漢時代中~後期(2~3世紀)
 緑釉犬は、東京国立博物館(トーハク)でアジアの美術品を展示した東洋館のなかでも、高い人気をもつ。四肢を踏ん張り、顔を上げ、懸命にほえている。しかし、垂れた耳と丸い尻尾
のせいか、緊張感はあまりなく、愛嬌すら感じせさる。
 鉛を含む釉薬に酸化銅を加えて700~800度で焼くと、釉薬に鮮やかな緑色に発色する。このようなやきものを緑釉陶
という。中国では主に漢時代の紀元前1世紀から2世紀に流行した。土中に長年埋まっていると、緑釉陶は表面が風化して銀色や虹色にみえることがある。「銀化」と呼ばれ、緑釉陶のみどころのひとつに数えられる。緑釉犬にも鼻の周りなど所々に銀化が見られる。
 中国では墓のなかに家さながらの地下空間を作り、棺を安置
しただけでなく、生活の道具・従者・家畜などをかたちどつたやきものを大量に作り、副葬した。死後も霊魂の一部が墓中にしばらくとどまると信じられたためである。比較的低温で焼成した緑釉陶は胎土が軟らかく、実用に向かない。しかし、副葬するための仮のうつわとしては格好のやきものであつた。
 緑釉犬は首輪と胴輪を着けている。生前、主人に可愛がられた飼い犬をモデルにしたのだろうか。よく見ると、首輪と胴輪はタカラガイの文様で飾られている。この飾りは、古代の祭祀で神や先祖に酒を供えた動物形青銅容器の首輪にも共通してみられるもの。タカラガイの文様をもつ首輪が神聖な動物のしるしだとすれば、緑釉犬も実はただの可愛いワンちやん、というわけではなさそうだ。邪気の進入から墓の主人を守ろうとした、超自然的な力をもつ番犬だつたかも知れない。
  (主任研究員・川村佳男)