国際色豊か 古代の仮面劇
 伎楽とは、法隆寺や東大寺をはじめとする奈良の大寺を中心に、古代の仏教寺院で行われた仮面劇である。呉楽(くれがく くれのうたまい)ともいわれたことからも想像されるように中国の南方で行われていたのが、朝鮮半島の百済を経由して612年(推古天皇20)年によると百済の人味摩之が伝えたという。
 冒頭にも記したように、伎楽はわが国の古代寺院においてはたいへんな隆盛をみせた。752年に行われた、東大寺の大仏開眼供養においても演じられたことはよくしられている。
 ところが、わが国ではこれほど隆盛した伎楽も、中国や朝鮮半島にはなかなか類例が見いだせない。ミミズをついばむ迦楼羅(インドの聖鳥カルダ)や、おむつを洗う婆羅門(インドの聖人)など滑稽味にあふれており、本来は中国南方の民間劇・雑劇であったかもしれない。 伎楽面 呉女 崑崙 力士
     飛鳥時代(7世紀)
その結果、記録があまり残っていないのだろうか。わが国でも粗野な内容ゆえか次第に行われなくなり、みやびやかな舞楽に取って代わられた。
 さて、東京国立博物館がほかんする伎楽麺は、ほとんどが1878年(明治11)年に法隆寺から皇室に献納されてものである。その中には7世紀にさかのぼる古面も多く含まれており、大変貴重なコレクションといえる。
 ここに挙げた3面はいずれも7世紀ものも、呉の国の女性(呉女)に、南方の異民族(崑崙)が言い寄り、力士によつてこらしめられるという場面で用いられる。異民族を鬼のように表現するのはどの地域でもあるが、その背景には異教徒を力士が調伏することで、仏教の優位性を示す意図があったのかもしれない。
  (教育講座座長・浅湫敏)