行道面 梵天
    平安時代 (10世紀)
 仮面は世界にさまざまな形のものが存在する。着用した人間が、動物や死者の霊、精霊、神などの超越者に変身する道具であり、豊かな実りを祝う祭り、葬送の儀礼、神々への祈り、あるいわ芸能などに用いたのであ。
 日本は世界でも随一の仮面大国である。古くは縄文時代
の土面があり、飛鳥、奈良時代の伎楽面、平安、鎌倉時代以降の舞楽面、行道面。室町から江戸時代の能狂面を合わせると、いったいどれくらいの数伝来しているか把握できていない。200年イ以上前に作られた仮面がこれほど数多く保存されている国はほかにないだろう。インドやネパ
ールでは仮面は使用後燃やされ、毎年作り直す慣例もあるという。
 さて、今回紹介するのは京都・東寺旧蔵の仮面である。面の裏に墨書があり、これが梵天の面で、186(応徳3)年と1334(建武元)年に修理されたことがわかる。同じ銘のある帝釈天、日天、瘋天、火天、多聞天、自在天の面が伝来し、東寺の記録から見ると十二天の面だったことが分かる。東寺の五重塔供養の時阿闍梨(東寺の住職)を乗せた輿を八部衆の面を着けた人々が担ぎ、十二天面の一行は左右に6人ずつ並んで随行して、阿闍梨の徳を輝かせる役割を果たした。法会の時に練り歩く(行道)人の着ける面なので行道面と呼ぶ。
 下膨れでやや茫洋とした顔は10世紀に和らげられて温和になり、11世紀には洗練されているのである。最澄、空海とそれに続く入唐僧が伝えた中国風文化が和様化(日本化)する途上ものも。技巧的な上手さが目立たない分、温かみが感じられる。華やかさが目を奪われがちな京都文化の根底を見る気がする。
 (列品管理室長・浅見龍介)