皇帝が愛した理想郷の姿
 苦しい日常を離れなれない私たちだが、心だけでも自由になりたい・・・。そんな夢をかなえてくれるのかこの名品である。臥遊とは、中国山水画の理想の一つ。作品の前に立てば、居ながらにして心は、美しい山水のなかに遊ぶことができる。煙霞とも微光ともつかぬ淡い墨色に抱かれて、生き生きと日々を送る理想郷の姿が描かれる。
 描いたのは「李」という姓の人物だとしかわかっていない。清朝の乾隆帝はこの画巻を溺愛し、お気に入りの四つの画巻「四美具」のひとつとした。しかし四美具は清末の混乱で国外に持ち出され、現在、ロンドンの大英博物館「女史箴図巻」、ワシントンのフレア美術館「蜀川図巻」、北京の国家博物館「九歌図巻」へと分蔵されている。幹隆帝はそれぞれに「蘭」「梅」「菊」を書き込み、「瀟湘臥遊図巻」には湿潤な山水にぴったりの「竹」を描いている。いずれの日にか。四美具が一堂に 李氏筆 南宋時代(13世紀)



瀟湘臥遊図巻(部分)
会する展覧会が開かれることを夢見ておこう。
 巻末にある内藤湖南の跋には、コレクターであった菊池惺堂が、関東大震災の煙火から本図巻を救い出したとある。実はこのとき救い出されたもう一つの名品が、開催中の台北故宮博物院展で展示されている。蘇軾「黄州寒食詩巻」である。「黄州寒食詩巻」しその後国民党の政治家王世杰の手に渡り、再び海を越えて故宮コレクションとなつた。今回、約60年ぶりの東京ての再会となる。
 皇帝や文人たちが愛してやまなかつた理想の世界。東アジアを回流した作品の歴史やそれを伝えた人々に思いをはせるのも、名品にだけ許された「臥遊」の世界である。
     (研究員・阪本麿充)