鎌倉時代(13世紀)


神泉苑請雨経法道場図
 平安京の神泉苑において行われた密教修法、請雨経法の道場を描いた図(重要文化財)。密教修法では、様々な本尊として修法壇を設け、その前で僧侶が所作を行い、祈りを捧げる。祈願の内容により多様な修法が行われた。修法の世界は奥深く謎に満ちているが、
本図のような史料を読み解くことで、少しずつその姿を知ることができる。
 請雨経法とは。日照りなどが続いた際に降雨を祈る修法で、慈悲の心を持つ龍王を供養して雨を降らせるという。神泉苑(現在の二条城の南)は、天皇の遊幸が行われた禁苑であり、時
に仏教法会などの会場にもなつた。神泉苑の池には龍が棲んでいると信じられており、9世紀末以降、請雨経法の道場として選ばれるようになった。
 この図は、1240年に醍醐寺の実賢が請雨経法を行った際の神泉苑の様子で、図の左上には1279年に西大寺(奈良市)の叡尊が描いたとの朱書がある。池の部分は着色され、渦巻く水の動きが描かれている。道場の配置も詳細に描き
 僧侶は、池の傍らに設けられた仮屋の中で修法を行った。請雨経法は道具類などすべて青色ものもを用いるため、道場を飾る幡や供物、僧侶の衣などは青色で統一された。また、修法が行われている間、神泉苑には結界が張られている。図の下方に、神泉苑に設置された立て札も描かれており、不浄の者や赤色を身につけた者の立ち入りを禁じている点も興味深い。
 飴を望む気持ちは、現代とは比べ物にならないほど切実であつた。こうした修法とそれを行う僧侶の験力には、強い期待が込められていたであろう。
  (研究員・斉木涼子)