平安時代(11世紀)




釈迦金棺出現図
 涅槃に入った釈迦が、入棺後に贈れて到着した母の摩耶夫人の嘆きを静めるため、棺より起
きあがり説法する場面を描いたもの、キリストの再生に似た珍しい主題だが、中国に例がある
る。典拠の「摩詞摩耶経」は中国でつくられた偽経とされ、釈迦の親孝行を強調することで、仏教と対立する儒教の批判をかわす意図があったとされる。しかし、そんな理屈抜きに劇的であもしろい主題だと言えよう。
 本図は11世紀後半の日本製だが、その原画は中国の10世紀後半ごろにさかのぼると筆者は推測している。つまり、国風文化の最盛期を過ぎた11世紀後半以降に再び兆し始めた中国への憧れから、過去に日本に伝わった中国画にエキゾチズムを見いだして模したものであろう。貿易事情が悪いため最新の本場ものが手に入らないので、過
去のちょっと変な中国画を最新の舶来品に偽装したわけである。
 群集ひしめくにぎやかな構図や、太細によって表情を生み出す墨線などに見られる日本離れした感覚は、中国の原画に由来する。またも釈迦の前にある供物台の上の花は、青色のガラスの器に盛られている。ガラスは当時、異国を感じさせる貴重品であつた。つまり本図にはエキゾチシズムを演出するしかけが盛り込まれており、日本の美意識と離れた気持ち悪さが大切だったのである。その反面、当時の日本美意識を強く反映して華麗な色感を示す。この気持ち良さと先述の気持ち悪さとの絶妙なマツチングがこの絵のすばらしさであろう。
 もと京都西苑(長岡京市)の長法寺に伝来し、1571年(元亀2)年織田信長による比叡山焼き打ちに際し比叡山から移ってきたものと伝えられる。
  (主任研究員・大原嘉豊)