ヨーロッパで描かれた聖画を納めるきらみやかな厨司である。これが、桃山時代につくられた日本の漆器だと初めから認識される方は、少ないのではないだろうか。いわゆる南蛮漆器、桃山時代から江戸時代の初期にかけて製作されたヨーロッパ向けの輸出漆器である。
 16世紀半ば、ポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂流して以来、様々な国の人々が日本を訪れるようになる。中でもポルトガルやスペインから来日した商人たち、南蛮人とよばれた彼らは、日本の漆器の奥深い美しさに魅せられ、祭祀具や調度を注文し大量に本国に持ち帰った。こうして海を渡った漆器を南蛮漆器とよぶ。
 この聖龕とは、キリスト教の聖画を納める奥行きのない厨司をいう。正面の観音扉の表裏には金銀の蒔絵と螺鈿を用いて、幾何学文で縁取られた空間を隙間なく埋め尽くす








桃山時代(16世紀末~17世紀初)


花鳥蒔絵螺鈿聖龕
ように草花鳥獣文様を表す。また、内部には、眠れるキリストを見守る聖母マリアと聖ヨゼフ、口に人さし指を当て十字を持つ聖ヨハネを描いた銅板油彩画が修められ、絵の下部にはラテン語で「われは眠る、されど心は目覚めて」と記されている。 
 こうした聖龕の遺品は大変貴重で、保存状態のいいものは世界でも30点ほどしか知られていない。これは中でも最大のもので、際立つて丁寧な装飾が施されているところから、特別の注文品であったとうかがえる。
 日本の蒔絵と敬虔な宗教絵画が融合した、エキゾチックな子力にあふれるこの聖龕は、まさに南蛮漆器を代表する名品であり、大航海時代に展開されたダイナミックな東西交流から生まれた賜物といえるだろう。
(主任研究員・川畑憲子)