内田理央  屋比久知奈  三浦春馬  桜井ユキ& 片岡秀太郎  永作博美  笑福亭鶴瓶  大悟   中井貴一   
 
 1987年の日本初演以来、オーディションによるキャスティングで、多くの新星を生みだしてきた、ミュージカル「レ。ミゼラブル」。4月に東京・帝国劇場から始まった公演で、「初日のカーテンコールでお客様にスタンディンションを頂き、『あの帝劇で、客席から見ていた景気を舞台の上から見ている』と、初めて実感が湧きました」
 出身は沖縄県。バレエ教師の母に勧められるまま、4歳で踊り始めた。歌うことも大好き。両親は折に触れ、舞台を見るため東京に
に連れて行ってくれた。初めて見たミュージカル「ライオンキング」のCDを何度も聞き、自分でも歌えるようになるほど夢中になった。
 転機は、英語を学んだいた琉球大2年生の時に訪れる。学内の英語ミュージカルに賛歌。「改めて、楽しいなと意識して。仕事にすることができたら、幸せだと思うようになりました」。指導役の教員に勧められ、沖縄と東京で公演をするミュージカルのオーディションに挑戦し、出演。そして2016年、ミュージカル歌曲で競う、全国区の「のど自慢」で応募総数2千余組から最優秀賞
 に選ばれ、現在の所属事務所の目に留まる。翌年、ディズー・アニメ「モアナと伝説の海」の主人公の吹き替えと主題歌で、デビュー。「長かったような、あっという間だったような濃密な時間を過ごさせて頂きました」
 エポニーヌは、成年マリウスにかなわぬ恋をし、彼を救うために命を散らす。報われぬ思いを歌い上げるナンバーが「オン・マイ・オウン」だ。演出スタッフから繰り返し言われたのは「自分のことを哀れんだり、誰に理解してもらえなくても『彼を愛している』と伝えて下さい」ということ。「そこには絶対にぶれなてはいけないと思って。彼女の、自分の環境をあきめない強さにひかれます」
 「出来ない、悔しい、と思う時もあるけれど、それも楽しい。お客様が持つて帰って下さるものが一つでも多い、表現者になりたいです」
  文・増田愛子 写真・山本倫子
  桂米朝さんに宛てられた手紙類の束を整理していたら、興味深いはがきがありました。消印は昭和43(1968)年6月27日。宛名は「花月劇場内 素人名人会 桂米朝様」。毎日放送のテレビ番組「素人名人会」の審査員をしていた頃に届いたはがきです。こう書かれていました。
 「明治時代の名人と云われた曽呂利新左エ門の書い(た)物が出て来ました」「入る人が有りましたら差し上げて下さい。勿論貴方様がお使ひ下されば光栄です。真物に間違ひ有りません」「伯父が堺の天神で金秀席をして居ました」
曽呂利の画号入り掛け軸
時に本人から貰ったた物です」
 送られてきたのは欠け軸。明治時代に初代桂文枝門下の四天王で人気だつた二代目曽呂利新左エ門の画号「漁仙」が入り、魚の絵と「三十三とせ 変わらざりけり 潮の味 鯛のうわさは 今に残り」の内容が記されています。奥目顔の特徴から「塩鯛」とあだ名されたとされる初代桂文団治の三十三回忌で描いたのでしよう。
 20100年8月には桂塩鯛の四代目を米朝さんの孫弟子が襲名しています。米朝さんと塩鯛の不思議な縁を感じます。 
  (落語研究家・小澤絋司) 
 
    担当者から
 岸本總子さんの「公共サービスの再公営化がなぜ進んでいるのか」(世界6月号)は、民間委託した水道事業を再公益化したり、
公的セクターを新たに始めたりする各国の事例を紹介しています。生きるために誰もが必要とするサービスが高額で仕えないなどの問題を防ごうと、市長・議会や住民が動いてといいます
民営化に過度な期待を抱いて「公」を解体する前に、建て直す道はないのか、昨年、水道を民営化しやすくする法改正が行われた日本にとっても、参考になりそうです。  (高重治香)
 吉田徹「いま『くじ引き民主主義』がヨーロッパで流
行中、その社会的背景」(現代ビジネス、5月19日号)
「くじ」が映す民主主義の可能性 
 フランスの黄色いベストへの応答としてマクロン大統領が4月25日に発表した改革案には、環境問題を討議する評議会の代表などを市民からの抽選で選ぶことが盛り込まれていた。夢想的に思われるかもしけない。しかし議員は選挙で選ばれるものという「選挙原理主義」こそ問い直されるべきではないか。現に人々は議会制民主主義に幻滅し、投票率は下がり続けている。
 吉田徹「いま『くじ引き民主主義』がヨーロッパで流行中、その社会的背景はくじ引き民主主義によって有権者が積極的に政治に関わるきっかけをつくり、民主主義の多様な可能性を探るべきだと主張する。
 今日のヨーロッパでは、共同体に関わることは政治家ではなく一般市民が公平に決めるべきだという思想を背景に、様々な抽選制こそ民主的だと述べ、抽選制は古代アテネやイタリアの都市国家にもみられた。近代のフランス革命以降のことにすぎない。吉田は、くじ引き民主主義の実例を豊富に紹介したダーヴィッヴァン・レイブルック『選挙制を疑う』や「政治的な選択を下すという行為自体が、人間を成長させる重要な要素なのである」というフランシス・フクヤマの言葉を引きながらくじ引き民主主義の活用を訴える。
 統一地方選での無投票の拡大に見られるように日本でも民主主義の空洞化が進む。しかしその死を宣告するのは早い。民主主義には短期優されるべき豊かな可能性がまだあるはずだ。
    (聞き手・編集委員 村山庄司)
  細田千尋「”女は数学が苦手”は科学的に間違いで
ある」(PRESIDENT WONMAN、5月12)
 脳の性差 白黒つけない誠実
 日本のトップ大学や理系は女子の割合が少ない。それを「男女の生まれつきの脳の差だけとする言説は世の中にあふれる。認知神経科学者の細で千尋は「"女は数学が苦手"は科学的な間違いである」で「現在の研究の中で主流の考え方は、『男脳、女脳はない』です」と書く。
 大勢の男女の脳構造を全体的にみると、わすがな領域で性差が見られる。しかし個人それぞれの脳を男脳・女脳に分類することは困難で、かつ全体的に見た時の性差が持つ意味は、まだ明確ではないとする。
 それにもかかわらず男脳・女脳という言葉が好まれる理由にも踏み込んでいる。仕事や恋愛で、異性を理解しようするために、あるいは自分が何かを苦手なことの言い訳を探そうとするために、男脳・女脳という「もっともらしい理屈」にすがるのではないか、と指摘している。そうしたステレオタイプが、女性が能力を発揮することを妨げる可能性にも言及する。
 男脳・女脳という分類に根拠はないが、全くさがないというわけではなく、現時点でその差はよくわからない―。そんななんとも腑に落ちない、もやもやした状態にあるのが現在の脳科学だ。だからこそ、わからなさに無理やり白黒つけないことの大切さほ説く姿勢に、研究者としての誠実つを感じた。〇×がはっきりしているというイメージとは逆に、化学とは日々、より確からしい仮説が従来の架設を覆していく世界であり、もやもやと抱え続けることこそが、科学的な態度なのではないだろうか。
        (聞き手・高重治香)
  松井幸治「国会改革を再起動し、”令和デモクラ  統治機構改革 多様な提言期待
  シ―”を」(中央公論6月号)
  統治機構改革2.0」の議論が盛んになりつつある。1990年代前半の政治改革や橋本行革など平成の統治機構改革の成果と課題を検証し
さらに改革を前進すべきだ、という議論だ。松井孝治「国会改革を再起動し、"令和デモクラシ―"を」は、橋本行革に当事者としてかかわった筆者が、政官関係と国会のあの方を論じたものだ。
 「忖度政治」の元凶と批判される内閣人事局について、筆者は、幹部人事を官邸主導の下におくことは平成期の改革では与野党を通じて追及されていたと説く。こうした流れの中にある「政官の仕切り線の変更」に政治家・官僚の双方が適応しきれていないことが混乱の原因ではないかとの見方を示す。処方箋として、筆者は、高度な政治的調整を行う職、行政の専門性・中立性の確保を優先うべき職について、採用や処遇、昇進のあり方を峻別すべきだという。専門的・中立的官僚像を強調するのがこれまでの改革論だが、官僚としての体験も踏まえ、政治的調整を行う官僚像にも理解を示す。あるべは官僚像の模索は続く。
 筆者は、国会のチェック機能強化も説く。具体的なツールとして、「開店休業状態」にある衆院の予備的調査制度の活用を挙げる。国会改革といえば、「定数削減」や「ケイ素節減」などの議論が目立つ。このような後ろ向きの改革案しか国民に評価されないのは、国会の存在意識が認められていないことの裏返しではないだろうか。
 統治機構改革は道半ばだ。様々な提言が出され、改革が進むことが期待される。
           (聞き手・立松真文)
(令和元年) 2019.6.6日(木)     朝日新聞夕刊