客席はガラガラで、腐ったトマトや卵が飛んできても当然だと思いました。お客様は母を見たくて前売りをお買いになっているのですから。
 《1979年10月1日、新派の大女優で母の初代水谷八重子さんが74歳で世を去った。悲しむ暇もなく、4日に国立劇場で開幕した新派公演で、「新橋夜話」「夢の女」に主演した。後者は母が演じるはずの役だつた》
 キャンセルも相次いだだろうなと覚悟して、でもしっかりやらなくちゃと花道に出たとたん、超満員の客席がものすごい拍手で迎えて下さった。なんで私なんかに拍 








亡き母の役「乗り移って」と念じ
  新派女優
   水谷八重子  2⃣ 
 手をしてくれるんだろうと不思議でした。母がそれだけ愛されね求められている女優だったんだ。その代わりが出てきた。頑張れっていうことじゃないかと気づいたのはその夜になってからです。
 親子だつたらどこかが似ているはず。それまで私は私なりに芝居をするんだと思っていましたが、今月の「夢の女」だけは母と同じにはできないまでも、少しでも近づき、似ている部分をお客様に持ち帰っていただこうと決意しました。一度も見たこともなかった母の舞台のビデオを毎晩、「乗り移ってくれ」と念じながら見続けました。
 明治時代の洲崎の遊郭で、子や親のことを案じながらもけなげに生きる遊女・お浪(楓)をしっとりと演じる。この役は元々、花柳章太郎
  先生が得意になさっていて、母は不得意でした。じいの仕方も白と黒ぐらい違う。それなりに、毎日見ているうちに母の姿が花柳先生に重なったのです。
 《花柳章太郎さん(1894~1965)は新派を代表する女形、戦後、初代八重子とのコンビで数々の名舞台を生んだ》
 ということは、花柳先生や母を通して、このお浪の役が生きているんだと気づきました。時代を超えて、芸が縦につながつていく。そんな歌舞伎の技が新派にもあると思い至った。
   (聞き手 編集委員・藤谷浩二) 
2019.1.5日(日)  朝日新聞朝刊
 5月からいよいよ新しい時代、令和が始まりますね。明治時代に始まり、大正、昭和、平成と多くの先輩方によって受け継がれてきた新派のお芝居を、さらに未来へと手渡すことができる。とても感慨深いです。
 《新派は1888(明治21)年に角藤定憲が大阪で初めて壮士芝居に端を発する。泉鏡花(婦系図)「滝の白糸」、川口松太郎「鶴八鶴次郎」、北条秀司「京舞」など幾多の名作を生み、昨年、130年の歴史を刻んだ》
 旧派と呼ばれた歌舞伎に対して新派、つまり現代劇でした。今では古いと感じる方もいらっしゃる







明治から平成、さらに未来へ
 新派女優
   水谷八重子  1⃣ 
 舞台生活は64年になる。「毎回、新選な発見があります。=東京都港区篠田秀美撮影
でしようか。でも、難しい事あれません。明治に生まれたおじいちゃん、あばあちゃんが恋をしていた時代のお話です。
 歌舞伎が立派な美術館に入るよ
うな美術品ならば、新派は時代屋の店先のようなもの日本人が一番こまやかに暮らしていたころの風情を、実際に使っていた道具や言葉で演じて見せる。たとえは障子
 みずたに・やえこ 1939年東京生まれ。55年に水谷良重の名で初舞台。同年歌手デビューし、テレビや映画でも活躍。95年に母の名を継いで二代目三須谷八重子を襲名し、劇団新派を支える。芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、旭日小褒章など。 に穴があいたら、桜の花模様にかたどつて直して使う、そんな繊細さが新派にはあります
 あるとき、文化振興の助成金を申請しようとして、ショックを受けました。対象には能・狂言んとの伝統芸能があり、一気に飛んで現代劇やミュージカルもある。でも新派はなかった。明治、大正、昭和に斜線が引かれてしまったよう気持ち。新派をジャンルとして確立させなければいけないと、改めて思いました。
 と、今でこそ新派一筋の私ですが、若いころはわがままいっぱい、気ままで泣き域でした。そんな女優の思い出話に、どうどお付き合いください。
(聞き手・編集委員・藤谷浩二=全15回)
2019.1.4日(土)   朝日新聞朝刊