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アート   国宝「阿弥陀聖衆来迎図」(平安時代、12世紀)
 
 平安時代中期、仏法が衰える末法の世が到来してと信じられ、浄土信仰が広まった。天台僧・源信(942~1017)は「往生要集」を著し、具体的な死後の世界のイメージを伝えるとともに、極楽に往生するための死の迎え方を指南した。この書の影響を受け、様々な地獄絵、極楽絵が゛描かれた。
 臨終の際に、浄土から楽器を奏でながら迎えに来る菩薩たち(聖衆)と阿弥陀を描いたこの絵は、全3幅からなり、幅4メートルを超える大作。絵師は不明だが、壮麗で迫力ある描写で、数ある来迎図の中でも最高傑作とされる。源信が修行した比叡山延暦寺の横川に伝わり、16世紀末に高野山に移されたという。
 中央の蓮台に阿弥陀如来が座し、その前を蓮台を捧げ持つ観音菩薩が先導する。阿弥陀の周りには、太鼓や鼓、横笛、琵琶、笙、篳篥を手にた菩薩たち、優雅で楽しげで、中には笑顔も見える。躍動感のある雲ともに遠近感巧みに描き、来迎の瞬間を臨場感たっぷりに表現する。
 阿弥陀が正面を向いて座る来迎図は旧い時代の構図という。来迎図を目の前に掛け、極楽浄土の様や仏の姿をまざまざと思い浮かべる「観想」の修行に用いられたとされる。行者の耳には妙なる音楽が響いていたのかもしれない。

 ◆千年忌特別展「源信 地獄・極楽への扉」は奈良国立博物館(奈良市登大崎町50、050.5452.8600)で9月3日まで、月曜休館(8月14日は開館)。「阿弥陀聖衆来迎図」の展示は8月22日~9月3日。一般1500円、大学・高校生900円、小中学生500円。
奇想の元祖・雪村展  、滋賀県甲賀市のMIHO MUSEUM(ミホミュージアム)で開かれている。
 奇想ぶりを語るのに「呂洞資図」はうってつけだ。折れそうなほどに曲げた首。ひげはピンと伸び、下から吹く強風が衣をはためかせる。一方、米国ミネアポリス美術館から里 帰りした「花鳥図屏風」では、満月の光の中に巨大なコイが踊る。
 
また今展では、雪村を手本にした尾形光琳(1658~1716)や狩野芳崖(1838~88)らの作品も展示。時代を超えて近代にまで与えた影響が浮かび上がる。
 「雪村-奇想の誕生」展は9月3日まで「月曜休館」。会期中展示替えあり。問い合わせはミホミュージアム(0748.82.34111)。
        (松本紗知)
 滋賀のミホミュージアム
 常人には思いもつかないじわぅで斬新な発想を「奇想」と呼ぶ。
 室町時代後期から戦国時代にかけて東国で活躍した高僧・雪村周継(生没年不詳)を「元祖・奇想の画家」と位 置づけ、画業を振り返った回顧展が
   サンシャワーとは天気雨のこと。ASEAN(東南アジア諸国連合)設立50年を記念し、国立新美術館と森美術館、国際交流基金による、東南アジア10か国の現代美術を紹介する大規模展は、この頻発する気象現象の名を冠にしている。2年半の現地調査を経て   
  あまり紹介されることのない地域の美術を見せることの意義は大きい。
 86組約190点の中で印象に残った作品を挙げれば、新美術館ではスラシー・クソンウェン(タイ)の「黄金の亡霊(どうして私はあなたがいるところにいなのか)」(2017年)
 カラフルな5トンの糸を敷き詰めた魅力に加え、その中に当初9本の金のネックレスが隠されていて、鑑賞者も中に入って探せる方式だ。ユーモアと美しさの中に資本主義や人間の欲望への言及が潜んでいる。
 森美術館ではアディティア・ノヴァリ(インドネシ 
 多様性映し出す社会の「鏡」
ア)の「NGACOプロジェクト 国家への提案」(14年)。建材店の構えだが、扱うのは割引率が上がればどんどん小さくなるレンガなど、でたらめばかり。これも消費社会や安全性の問題を笑い飛ばす。ソピアップ・ピッチ(カンボジア)の竹による端正な抽象美も見逃せない。
 だがこれらは少数派で、多くは政治的、社会的題材を正面から救う。民族も言語も宗教も多様で、列強の支配や戦争も経験し、今は経済成長も著しい地域だ。「現代アートは社会の鏡」とする今展で社会的表現が目立つのは当然かもしれない。
 気になるのは、その語り口だ。具体的な事件や経験の要
素を組み合わせたような表現が多く、やや説明的。「鏡」として映すとしても、視覚表現ならではの抽象化や普遍化、ひねりを施さないと、文脈を共有しない者には伝わりにくいのではないだろうか。
 現実を踏まえた切実な表現は日本でアジア現代美術の紹介が本格化した90年代から見られるが、ある出品作家が「国外では社会的な作品が期待されやすい」と話したのも気になる。ASEANという枠組みに限らず中国や韓国、インド、そして日本も加えて見せれば、より厚みが出たのではないかと思う。
 様々な意味で、面白さや興味深さと違和感が交差する展示といえる。まさにサンシャワーのように。
  (編集委員・大西若人)