鷺巣といえば、昨年の「シン・ゴジラ」が記憶に新しい。巨大生物への畏怖や社会秩序が壊れていく光景に、ち密な音像でリアリティーを吹き込んだ。
 総監督を務めた庵野とは25年以上の付き合い、「シン・ゴジラ」を頼まれたのは一昨年の正月、互いの妻を交えておせちをつついていたときだ。鷺巣は「僕の父は当方にいたので、よく成城(東京)のスタジオに連れられて行った。そこに仕事で戻ってくるなんて夢にも思ってなかったので、運命みたいなものを感じてクラッときた」
 鷺巣の父は漫画家のうしおそうじ。戦前から東宝に努め、円谷英二のもと動画を担当。その後、自らプロダクションを興した。
 鷺野は、漫画やアニメ、特撮の背景図
 を描く父のひざの上で育った。「実家の駐車場にパトカーがあつたり、劇用の白馬がつながれていたり、子どもにとっては天国ですよね」
 父の職場近くの教会に出入りし、シスターの手ほどきでバイオリンやピアノに触れた。曲を書き始めたのは12歳のとき。「父は『エンターテイメントは人に見せてこそ』という考えだったから、僕は音楽も書いたら聴かせるものと思い込んじゃった。それはよかつた、非常にね」
 1978年に編曲を始め、アイドル歌謡からクラッシック、「笑っていいとも!」の音楽、中央競馬のファンファーレまで膨大な楽曲を生み出した。
 庵野と組み始めたのは1990年のアニメ「ふしぎの海のナディア」から。「
  映画「シン・ゴジラ」やあにめ「エヴァンゲリオン」シリーズの音楽で知られる鷺巣詩郎。両作品を手がけた庵野秀明の作品に欠かせないと言いわれる作曲家に、特撮やアニメとの出会い、庵野との関係について聞いた。 作曲家・鷺巣詩郎 リアリティー吹き込む
  ものをつくる人間は、いいものをつくりたいか、売れるものをつくりたいか、どちらか。庵野スン徳がすごいのは常に両方を求めるところ、ものすごい、ごうつくばりなんです」
 「シン・ゴジラ」の音楽も、パリにいた鷺巣と東京の庵野が毎日メールをやり取りし、綿密に練り上げた。「ゴジラ」のテーマを含む伊福部昭の音楽は敬意も込めてあえて使った。サントラ盤は大ヒットし、昨年の日本レコード大賞特別賞を受賞した。
 区になるのは次回作だ。「必ず質問されるのは、次のエヴァはいつですかつてこと。本当に、こっちが知りたい(笑)
  20年の集大成CDと本
 ここ20年の活動をまとめたCDと本の発売中だ「SHIR'S SNGBOOK 録音集」は、MISIAや高橋洋子らに提供した15曲入り。既発曲すべてマスタリングし直し、32ページの解説書も連れた。音楽誌の連載をまとめた「鷺巣詩郎 執筆禄 其1」はスタジオでの出来事や音楽観をルポルタージュ風につづる。
            (岡田慶子)     
 「わろてんか」撮影始まる   葵が演じる藤岡てんのモデルは、吉本興業の礎を築いた興行師吉本せい。5月19日に撮影が始まり、京都の東寺
上賀茂神社などでロケをした
 会見に華やかな着物の女学生姿で登場した葵は「京都のお嬢様なので、衣装も豪華で
 気分があがる。(てんは)衣装に負けないくらい明るい性格」と話した。夫役の松坂桃季=写真左=は、てんと出会う頃の旅芸人の姿。「まっすぐ清らかな気持ちで夢を語る男を演じたい。
       (山下奈緒子)
  NHKの連続テレビ小説「わろてんか」(10月2日放送開始予定)の撮影が5月から始まった。京都・太秦の松竹撮影所で会見があり、主演の葵わかな=写真右=らが意気込みを語った。
 立ち稽古をしていね役者たちを見て、それが杞憂であることが分かった。思い思いの稽古着で役を演じる十人の役者たち、最年少は    新作舞台「子供の事情」の稽古が始まった。
 大人の俳優たちが十歳の子役を演じる。はたしてそれが芝居として成立するのか、蓋を開けてみるまでも実は心配だった。下手なコントになつてしまわないだろうか。最初の五分は面白いかもしれないが、二時間の舞台がそれでもつのだろうか
    
 林遣都さんの二十二歳、最年長は浅野和之さんの六十二歳。誰もが小学生に見えた。ことさら子供を演じているわけではない。声も低いままだし、浅野さんに至っては頭は白髪交じり、見てくれはほぼおじいさんだ。しかし、それも彼らはちゃんと子供に見えた。
 僕が彼らにお願いしたのはひとつだけだつた。子供を演じるうえで意識して欲しいのは、「子供っぽく」しないということ。
 取材でいくつかの小学校を訪ねた。そこで出会った四年生たちは、僕が考えていた以上に大人だった。彼らは皆、冷罵正しかつたし、落ち着いて見えた。誰もがそれぞれに十年余りの人生を背負って生きていた。
  酔っぱらいの演技する時、下手な役者は左右にふふらふら歩く芝居をする。しかしそれでは酔っ払いには見えない。必要なのは、まっすぐ歩こうとする芝居である。まっすぐ進みたいの    しかし当然ながら、幼さも残っている。むしろ大人のように振舞えば振舞うほと゜、彼らの幼さは際立つように見えた。彼らは決して小さな大人ではなかった。大人の真似をしているだけなのだ、そりに気づいた時、今回の芝居の方向性が見えた。
 に進めない。その部分を演じるしかから、酔っ払いに見えるのである。
 それと同じ理屈だと思った。子供を演じるからといって、「子供っぽく」動くだけではダメなのである。大人のように振舞うからこそ、子どもの部分が透けて見える。そこを強調することで「子供」を表現してみよう。「子供っぽく」ではなく「大人っぽく」演じて欲しい。それが役者さんにお願いした。僕の唯一の「演出プラン」だつた。
 時代背景は昭和四十六年。自分自身が十歳の時の記憶を元に、僕はホンを書いた。当時の小学生と現在の小学生を比べてみると、意外と共通している部分が多かった。仲がいいようで、決して心を開ききっているわけでもない。同級生同士の微妙な距離感。そして教師に対する絶対的な信頼。子供の本質は変わらない。
    日曜日の午後、稽古場へ行くと途中、小さな児童公園があつた。小学生たちが数人、名前の分からない遊具の周りで遊んでいた。稽古を前に、少しでも小学四年生の実態を掴んでおこうと、眼鏡を掛けた男の子に「君は何年生ですか」と声を掛けた。すると彼は実と僕を見つめ「個人情報ですので、お答えできません」と言って走り去っていった     もちろん、昔とは違う部分もある。あの頃に比べれば、遥かに今の十歳は、しっかりしている。大人の真似もレベルが格段にアップしたようだ。