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 むかし琴は、死者の魂を慰める楽器だったので、後に楽器として名演奏をされるようになると、人びとはすばらしい音色に感嘆の声をあげました。
 「わが背子」の琴が、世の人びとの通り一遍の感動をこえる、すばらしい音色を出すと、この歌の作者がいうように。
 「わが背子」とは、作者と同じ役人の、秦伊美吉竹らしい。彼の家での宴会で家持がよんだ一首です。宴会ですから、琴を弾きお酒を飲み、  家持と白楽天 ふしぎな一致
 歌をよみ合っていたのでした。―と、いうと、中国の大詩人・白楽天が気心の知れる友だちを「琴や詩(歌)や酒の友人」「雪や月、花を共にする友人」といっていたことを思い出しませんか。ところがこの一首は家持の「雪月花」の歌の次に並んでいるのです。
 何と、中国の後の時代の白楽天がよき友と楽しむとした六つのものが、すべて並んでしまいました。詩にはふしぎな一致があるのですね。
(富山・高志の国文学館長中西進)
  役行者を開祖とし、日本古来の自然信仰と、仏教、道鏡思想が習合した修験道。その信仰や歴史、修行の実践ななどについて、奈良・吉野の金峰山寺長臈の田中利典さん、哲学者の内山節さんと語り合った入門書「修験道という生き方」(新潮選書)が刊行された。
 本書で「修験道には独自の輪廻の思想がある」と語る。山での荒行でこれまでの自分を死に追い込み、新しい自分へと生まれ変わるという。大峰の原始林では動植物の死が次の命を育む様を目の当たりにした
 「山にいると、死と再生の絶えざる繰り返しなかに
 あることを、観念でなく実体験として感じます。そして千年以上も同じ道を歩き、同じように拝んできた多くの先達とつながっている感覚があります」
 近年、高齢の山伏が引退する一方で、門をたく若い世代も増えている、自身のライフワークでもあるか葛城山中に点在する経塚を調査するため、今も山へ足を運ぶ。「私は山が好きなんですわ。山は人間を育ててくれます」         
              (久保智祥)
 
  釈迦が無くなった「入滅」ときの様子を描いた鎌倉時代の涅槃図が24日から、愛知県一宮市の市博物館で公開される。一宮市の妙興寺が所蔵する国の重要文化財で、市博物館によれば、現存する鎌倉時代の涅槃図では国内最大級。公開は26日まで、
 公開されるのは「絹本著色仏涅槃図」(縦約3.3メートル 横約2.9メートル)。釈迦が右手を折り曲げて顔の前に置いて横たわっている姿が描かれ、その周りを弟子たちや像、獅子などの動物が囲んでいる。嘆き悲しんでいる。市博物館学芸    
鎌倉時代「絹本著色仏涅槃図」公開へ
員の石黒教さんによれば、中国絵画の写実的な技法を採り入れた鎌倉時代後期の特徴がうかがえる。長年、京都市国立博物館(京都市東山区)に寄託されてきたが、昨年2月から一宮市博物館に寄託されることになった。
 涅槃図の左下に、(泉涌寺)と読み取れる墨書きがある。裏面にも「泉涌寺常任」「涅槃像」と太字で墨書きされた紙が貼られ、もともとは泉涌寺が所蔵していたとみられる。
 泉涌寺(京都市東山区)は「御寺」とも呼ばれ、皇室との縁が深い寺だ。応仁の乱(146 
 愛知・一宮で24~26日
  7~77)で伽藍がほぼ焼失。涅槃図はその混乱で一時紛失した可能性が高い。裏面には、応仁の乱の直後の1478年、涅槃図が買い取られて泉涌寺に寄付された記録や修理記録も残されている。妙興寺に移った時期や経緯については不明だ。
 色がはがれ落ちるなど修理が必要な状態だが、現状を見てもらいたいという妙興寺の意向で一般公開が決まった。石黒さんは「古い鎌倉時代の絵図で戦乱によって一時紛失しながら、その来歴がわかる貴重な作品だ」と話す。
 一般200円、高・大学生100円、小中50円。25日午後2時からは、愛知教育大学の鷹巣純教授(仏教絵画史)による解説も。先着30人。問い合わせは一宮博物館(0586.46.3215)へ。
       (田中章博) 
 
 (令和)2019.5.23(木)   朝日新聞夕刊