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 高市黒人は短歌ばかり18首を万葉集に残し、長歌を一首もよみません。
 晴れやかな儀式の時の歌よみではなかつたことを示すまどでしよう。
 しかもすべてが旅の歌です。安定した心からは遠く、つねに揺れつづく魂を持つていたようです。
 この歌が去っていく船をよむように、彼は後ろ姿しかよみません。これまた、黒人の心が、いつも何か満たされていない証拠ですね。
 この歌も夕暮れの光があたりをこ  ゆとりの時間 ほどよく持とう
めようとする中で、赤土を塗った船の、赤と黒との対照(コントラスト)が印象的です。
 あのノルウェーの画家、ムンクの絵のように。
 それなりに歌は寂しさを究め、深く孤独の影が歌をおおっています。
 黒人という名前は、彼が夜訪れてくる神を祭る人だつたからだつたという説があります。
 神と会話する人の、心のふしぎが歌となったのでしようか。
(富山・高志の国文学館長中西進)
地元の子ら 土器にドキドキ  
  愛媛・猿楽遺跡 発掘調査を体験 
 各地の遺跡の発掘調査で市民と連携したり、教育にかつようしたりする動きができてきた。愛媛県内の遺跡を地元の小学生たちが訪れ、発掘調査を体験する取り組みに同行した。
 愛媛県久万高原町にある猿楽遺跡は3千年ほど前の縄文時代晩期から弥生時代にかけての遺跡。町役場から約45分、険しい林道をのぼつた標高千メートル以上の尾根上にある。
 9月17日、地元の仕七川小学校に通う児童3人が先生に連れられて発掘現場を訪れた。この遺跡は愛媛大が調査を続けており、、これまでも土堀の道具とみられる打製石斧の製作跡などを確認している。3人は大学生らの指導を受けながらへらを手に
 
、地面から顔を出す石器や土器の破片をねらって、一つづつ丁寧に掘り出していた。
 弥生時代の遺跡といえば、低地の環濠集落や水田跡などを思い浮かべるが、猿楽遺跡は急峻な山奥にある。高知に通じる交通の要衝だつたとみられ、愛媛大の柴田昌児准教授は「山間部で暮らしていた人々のキャンプサイトではないでしょうか」と話す。
 体験発掘に参加した6年の黒川優斗さんは「この土器で食べていたのを想像するとドキドキする!」。5年の秋山敬太さんも「昔の技術はすごいなあ」と感心した様子。大学生ら「この破片といま、3千年ぶりに移動したのですよ」との説明に、6年の大柳心ノ輔さんは「ツルツルしている。磨いていたのかのかなあ」と目を丸くした。
 同小に通う児童は9人。統廃合の波にさされつつあるが、郷土愛は強い。西尾知照校長は「ふるさとを自分の手で発掘したという体験は一生、残るでしょう」と喜んだ。柴田さんは「過疎化が進む山間部だが、地域の人々と一緒に歴史を掘り起こしていきたいです」と話した。
      (編集委員・中村俊介)
 
令和元年(2019.12.15日)   朝日新聞夕刊