寂聴・語る  女流作家  ふるさとの夕暮 暑い夏  怖れるもの   長生きの余徳  二つの誕生日 きさらぎは凶 
 コロナ過のさなか 白寿の春に   書き通した百年 無我夢中の九十八 数え100歳に  数え百歳の正月     
 平成がよかったのは、戦争がなかったことです。私は大正11(1922)年の生まれだから、物心がついた昭和のはじめから、戦争でした。戦争は嫌です。
 平成の時代には安保法制に抗議し、イラク戦争に反対しました。戦争を知る世代がどんどんいなくなり、戦争の怖さを伝える義務があると思ったからです。安保法制のときは、すぐ後ろに軍靴の音が聞こえるような危険な感じがしました。戦争にいい戦争はない。す 令和へ寂聴さん語る   平成がもいすぐ終わる。大正、昭和、平成を生き、令和を迎えて97歳になる作家の瀬戸内寂聴さんが、愛と自由と平成を語った。
 ―女性の活躍も平成の特権でした。
 女の人が結婚して働くことは、いい傾向です。子どもを預けられる場所があって、お母さんが働く。もっとそうならないと、世の中がよくならない。
 だけど、子どもを預ける仕組みが日本はまだダメ。女の才能を十二分に引き出してあげたら、日本はもつとよくなります。
 女のほうが才能は豊か。源氏物語も枕草子も作者は女じゃないですか。私は生まれ変わっても、女の小説家になりたい。
 ―寂聴さんは『美の乱調にあり』『遠い声』など戦前に国家と闘った女性を小説に書いています。  自由に生きたなあ べて人殺しです。
 明治の終わりから、自由を求めて闘っている女性たちがいました。彼女たちがやっていたことは、その時代の常識が認めないことだから、牢屋に入れられたり、殺されたりする。それを怖がらず、命をかけて正しいと思うことを貫き、自分の思想に殉じた。私が小説で書くのは強く生きた人、今はいなくなりました。
 ―どうしてですか。
 命をかけなくても、望みを達せられるから。常識のなかで生きられる。でも、私は嫌だった。
 97年も生きてきて言えることは、「自由に生きたなあ」ということ。平穏に生きようと思ったら自由に生きられない。覚悟がいる。
 本当に自由に生き行きました
が、人生で一つだけ後悔していることは、娘を置いて家を出たことです。まだ『おかあさん』といえない幼い娘を残して、好きになつた男のところへ走った。今は会っていますが、娘には絶対に頭があがりません。
 ―今年に入って、作家の井上光晴さんとの不倫体験を、井上さんの娘の荒野さんが小説『あちらにいる鬼』にかきました。
 恋は雷に打たれるようなもの。好きになってはいけないと言われても、しょうがない。あらゆる世界の名作は不倫です。ロシアもフランスもアメリカも。源氏物語がおもしろいのは不倫、不倫、不倫だから。幸せになれない。アンナ・カレーニナも最後はみじめ。私も何度不倫したけど、不倫だからよかったというのは一つもない。
   誰かを愛するため
 
 ―愛とは何ですか
 いきることは、愛すること。愛することは、許すこと。100歳近くまで生きてきて、到達しました。
 5月15日で97歳になりますが、誰も愛していないかといったら、そんなことはない。たとえば窓から外を見ると雨が降って来た。「ああ雨が降ってきたよ、ほほらほら」と誰かに言いたい。そういう人がいなくても、その人の面影を心のなかで描いて、「ほら、いい雨よ」なんて言いたい。
 人間はだれかを愛するために生きている。愛していたら、すべてを許します。誰かを愛したら幸せになるんです。戦争は愛する人と別れること。愛する人が殺されること。平成に戦争がなくて、本当に幸せでした。
   (聞き手・岡田匠)
2019.4.29     朝日新聞朝刊