寂聴・語る 女流作家 ふるさとの夕暮  暑い夏  怖れるもの  長生きの余徳  二つの誕生日  きさらぎは凶 
 コロナ過のさなか  白寿の春に 書き通した百年  無我夢中の九十八 数え100歳に  数え百歳の正月     
            58 コロナ過のさなか
 百年近く生きたおかげで、満九十七歳の今年、とんでもない凶運にめぐりあわせてしまつた。九十七年の生涯には、戦争という最も凶運の何年かを経験している。
 何とか生き残って、これ以上の凶運の歳月には、もう二度とめぐりあうことはあるまいと、考えていたところ、何と百年近く生きた最晩年のこの年になっても戦争に負けないような、不気味な歳月を迎えてしまつた。
 新型コロナウイルスの発生と、感染拡大という事件が突然的に生じ、世界各国に感染者と死者が増大した。英国のジョンソン首相も感染し、一時容態悪化と報じられた。
 日本でも首相から緊急事態宣言が発令された。それを受けた七都道府県は、五月六日までの一か月間は、不要不急の外出を自粛するよう要請した。七都道府県は、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡とされたがもちろん、その外の他県も守らなけれない緊
急事態だった。
 そのうち、通勤の社員は、自宅で仕事をするようになり、通勤の途中で人に触れることをさけるようになった。外出は出来るだけひかえ、家にこもり、他者と逢わない生活が、どれほど心身に悪影響を与えるか、想像するまでもない。人々は家でもマスクをつけて家族と話をする。漫画のよな状態に人々は笑いもせず、おとなしく従っていた。
 子育てと
、自分の仕事を持った妻たちは、夫が毎日家に居ることを新婚時代のように嬉しがらず、迷惑に感じている。どちらをむいても面白くない時勢の中で、突然、家庭の女たちに、明るいニュースが入ってきた。

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 徳島に女性の市長が選挙で選ば
 ベッドでひたすら読書しながら
れたという。36歳の内藤佐和子さんは、全国歴代女性市長最年少、徳島では初の女性市長である。徳島は私の故郷である。それを読んで思わず明るい表情になった主婦に負けずに、私もあとひと月で満九十八歳になる老体を伸ばし、万歳と両腕をあげていた。新聞の内藤佐和子さんは、どれを見ても明るい表情で、大きな目と口をあけ、嬉しそうに笑っている。瓜ざね顔で端正な表情は、いわゆる阿波女のお多福とはほど遠い。
 経歴を見てびっくりした。東京大学法学部卒業とある。私の在職の若い頃は、徳島から東大へ入る学生はめったになかったので、たまにあると、新聞に写真入りで大きくのったものだつた。十八年間、生まれた時から在特していた私は、一度も東大入りの晴れやかなニュースを新聞で見たことはない。
 内藤さんは小学生の男の子の母親とか。
 現職の遠藤彰良市長との激戦で、一九九九票差で勝利を得ている。私は生まれ故郷に、漸く生まれた女性市長に心から拍手を送った。
 はっきり言うが徳島は断然男性より女性が優秀である。それは徳島の男性が悪びれず、揃って自分の妻をほめるのを見てもわかろう。阿波女はしまつ(倹約家)で働き者で料理がうまく、愛想がいい。嫁に貰えば必ずその家は繁盛する。その名を全国に輝かせた阿波女に、舞の名人だつた竹原はんがいる。そして私がいて、柴門ふみさんがいる。内藤佐和子さんは前向きで明るい、きっとすばらしい女性政治家になってくれるだろう。万歳!
(令和2年)2020.4.10日(金)    朝日新聞朝刊