辻村深月    大西伸明 現代美術  人文考   人文考2     
  
   ビエンナーレは、各国が常設する国別参加部門と招待作家が競う企画展示部門の二つに分かれる。今回の芸術監督は英ヘイワード・ギャラリーのラルフ・ルゴフ館長が務めた。5人の選考委員会議でグランプリの金獅子賞などが決まる。
 90ヵ国と79人・組作家が競う賞レースでそれぞれ金獅子に輝いたのは、即席のピーチで環境破壊などを風刺するオペラを演じたリトアニア館と、黒人差別テーマにした米国出身のアーサー・ジェファ(1965年生まれ)だつ   隔年開催の現代美術の祭典ベネチア・ビエンナーレが11日からイタリアで始まった。58回目のテーマは古代中国由来とされた言い回しに基づく「奇数な時代を生きられますように」。奇数は不確実・混迷を合意する言葉で、そんな時代にアートが生きるための指針になりうるという言葉だ。観客に様々な感情や思考を誘発させる多様な作品が集まった。  
 日本館の展示「Coemo|宇宙の卵」オレンジノバルーンから空気がリコーダーに送られ音が鳴る。=ArchiBIMIng撮影  国別日本勢 出色の一体感
た。
 日本勢は受賞を逃がしたが、注目度は高かった。国部で日本館は創生神話から着想した「Cocmo―こうした意識は唐の時代Eggs|宇宙の卵」を開催。秋田公立美術大学院准教授の服部浩之(40)が企画し、美術家の下道基行(40)作曲家の安野太郎(39)人類学者の石倉敏明(44)建築家の石倉文徳(36)の4人が共同制作し、海外メディアが必見のプビリオンの一つに挙げた。
 津波で流された巨岩の映像を4回のディスプレーに投影し、渡り鳥のさえずりのようなリコーダーの自動演奏を響かせた。会場中央に卵の黄身のような
    79人・組が参加した企画展示部門の招待作家は、40歳以下が47人・組、女性が42人と、ともに全体の半数を超え過去最多だった。日本出身者は3人が出品した。
 パリや京都を拠点に世界的に活躍する池田亮司(52)は、電子音楽と映像を組み合わせた作品を展示。デジタル信号の渦に包み込まれたよう
新しい知覚体験も

企画展示
  な新しい近く体験を提供した
 久門剛史(37)は、タイの映像作家アビチャッポン(70年生まれ)とタッグを組んだ映像を投射する壁に穴を開け、壁の後ろに電球を置いた。洞窟のよう
バルーンを膨らませ。創作した創生神話を壁に刻んだ。「複数の神話が共存する世界観を示したかった。と服部。
 他国のプビリオンで、選ばれた作家たちの関連性が弱い展示が散見される中、人類とそれ以外の生命体との共生の形や地球
との関係性を考えさせる日本館の展示の一体感じ出色だつた。
 国別ではる、ターナー賞作家のロール・ブルーヴヘォ(78年生まれ)ま展示を発表したフランス館で大行列が出来た。超現実的な短いシーンを畳みかけパラレルローレドの存在を暗示する映像産品は、下馬評で高い支持を集めていたが、受賞には至らなかった。
 な空間を作り個人の記憶と国家の集合的記憶の対比を題材にした映像の雰囲気を引き立てた。「社会批判の要素はもちろんあるけど、最後はきれやな、ええもん見たなと感じてもらえれば」
 手足に障害がある自らの身体を作品化する片山真理(31)は、義足を外したセルフポートレートなど代表作を出品した。「人と人は根本的には分かりあえないと思っているけど、アートい゛対話の回路が少し開く。ベネチアに来て色んな国籍・性別の人と話て、そのことがよく分かった」と話した。
 今回のビエンナーレは世界の多様性を意識させるテーマだつたものの、国別、企画展示通してアジア系の受賞はゼロ、賞の選考委員の一人、金宣廷・光州ビエンナーレ財団理事は「結果的に誰も選ばれなかったのは残念だつたが、日本勢の展示は印象的だった」と話した。
       (木村尚貴)
  「割れるゴミ」制作
 現代美術家が受賞 
 三嶋さんは大阪市出身。1970年ころから社会にあふれる「情報」に着目し、陶器で再現した古新聞や空き缶   など「割れるゴミ」をコンセプトにした立体作品を多く制作してきた。13日に大阪市内で賞状を受け取り、「次、また制作しようと思ってワクワクしてます。「何やこれ」って皆が言うのを聞きたい」とはなした。安藤さんは財団賞について「芸術に限らず社会に刺激を与えている人、今の社会にない行動をしている人が対象」これまでにアルピニストの野口健さん、NGO「ペシャワール会」現地代表の医師の中村哲さんが序章しており、美術科が選ばれたのははじめて。
                 (田中ゑれ奈)
 第5回安藤忠雄文化財団賞
  建築家の安藤忠雄さんが理事長を務める安藤忠雄噴火財団は、第5回の財団賞に現代美術家の三島喜美さん(86)を選んだ。
 人は人生の旅人であり、旅を楽しむ遊牧民である。ヨルク・シュマイサー(1942~2012)の作品を観ているとそんな風に感じる。
 世界各地を旅した経験を作品に生かしたシュマイサーは、ボヘミアン(旧ドイツ領、現在のポーランド)に生まれ、ハンブルグで育ち、ハンブルグ造形美術大芸術修士を終了し68年に京都市立芸大に留学。72年に帰国しハンブルグ造形美術大版画科講師を務め、78年にキャンベラ美術学校(現オーストラリア国立大)に招かれ。89年には京都精華大で、02年には京都市立芸大で教授に任命された。
 本展は旅する版画家シュマ     
  旅する版画か初の本格回顧展
 サーの没後初の本格的回顧展で、代表作約1800点を紹介する。欧米はもちろんのこと、カンボジアのアンコール遺跡群、京都・清水寺、奈良・東大寺、北京の故宮、オーストラリアのエアーズ・ロックのほか、南極にも訪れ作品にした。
  シュマイサーの「日記シリーズ」はドイツ語あるいは英語で書かれた文章が画中につづられ、レオナルド・ダビンチの手稿を彷彿させる。レオナルドは軍事学から解剖学、天文学に至るまで、観察したことや着想をこまめにスケッチしメモをとる習
慣があった。その手稿にはデッサンとメモがぎっしりと書き込まれ、生涯をかけた研究の集大成となつている。シュマイサーの画中の日記は、装飾的文字で埋め尽くされ知的な感性をにおわす。さらに絵と文字を美しく配置し、日本美術の特性である詩画一致にも通じている。
 シュマイサーは「描くことで、僕はその場所にもっと近くなる・・」と記した。詩画を結びつれることで、自身の記憶として、また博物館的な意味をも持つ記録として制作した作品に、「日記と貝」や「日記と百の蕾」がある。
 おーすとらラリアの共同版画制作プロジェクトでの経験を元にした「イルバラ
 海岸のかけら」の連作は、版画に手彩色とドローイングを加え、一つ一つ趣が違う。シュマイサーはこのような作品を「ユニーク・ステート」と呼んだ。命のゆりかごともいえるマングローブの根に生息するサンゴや貝、甲殻類が洗い出され、自然への畏敬の念と共に、生態系など自然環境の破壊に対する危機意識を感じさせる。画面を漂う青と赤の色彩は、青が自然を、また赤は汚染を観る者に想起させる。好奇心あふれる目と手で表現し、旅人として世界をつまびらかに開示し愛した芸術家だつたとえよえ。
(美術評論家・加藤義夫)
 (令和)2019.5.21日   朝日新聞夕刊