辻村深月    大西伸明 現代美術  人文考  人文考2     
  人間についての学問領域とされてきた人文学では近年、人間と自然、人間と人間ならざるものとの関係に焦点を当てた研究が盛んになってきた。
 人文研でも2015年から共同研究「還世界の人文学」に取り組んでいます。「還世界」とは、自分も含む身の回りものすべてです。お互いに影響を与えながら変化していく関係性を捉えながら、「生きる」とはどういう営みなのかを考えていこうという研究なのです。
 私がフィールドワークをした南インドを例にお話しします。
 日本から6千キロ以上離れたカルナータカ州沿岸部の南カラ
石井美保准教授 (文化人類学)  
と呼ばれる地域では、「ブータ」と呼ばれる神霊のための祭祀が広く行われています。
 
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 初めて訪れた07年のこと。当地の大学図書館で見た古い本にあった1枚の写真にハッとしました。英国による植民地時代に撮影された、ブータの装束を身につけた踊り手の目の力強さに魅せられました。翌年から15年にかけて通算15カ月間、現地に通って調査しました。
 ブータは非業の死を遂げた神話的な英雄や、トラやイノシシなどの野生動物の神霊とされています。目には見えませんが、その力は山野に満ちているとされ、人々は家屋の祭壇や農地の外れの祠に依代をまつり、村の社に詣でて祈りを捧げます。
 二期目の田植えが行われる
 南インドの神霊祭祀と「生きる」営み
 11月から12月にかけて「カンブラ」と呼ばれる儀礼が行われます。夜に山に登り。山野を満たす神霊の力を帯びた司祭が、水牛とともに里の水田に走り込み、豊作を祈願します。収穫された米は神霊に供えられ、村人にも分配されます。2~3月には「ネーマ」という村の祭りが行われます。3日間にわたって村の社にまつられる神霊たちに儀礼が捧げられます。神霊たちが踊り手の身体に憑依して託宣を述べ、供物を受け取り、人々を祝福します。神霊祭祀は人間とその農耕世界、そして山野としう野生の領域しの循環的な関係性を可視化するものです。

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 こうした伝統的な神霊祭祀はけっして静的なものではありません。とりわけ大きな変化が1990年代以降の大規模開発と経済特区の建設でした。山野をつぶし、村人を移住させてコンビナートが建設される過程で、多くの社も壊されましたが、神霊祭祀の重要性を理由に、領主と住民が反対運動を繰り広げ、開発を断念させた例もあります。
 面白い例では、経済特区のなかで神霊祭祀が復活したこともありました。特区内て゜事故が相次いだとき、それを神霊の怒りの発露と捉え、企業の敷地内に社を設け、企業幹部が儀礼に加わるようになったのです
 人が一度失われた土地や自然と
 の関係を結び直そうとするとき、その媒介となるのが近代合理的な論理でなく、電動的な祭祀であるというのは、私たちにとっても示唆に富みます。東日本大震災の後に防波堤が建設された際に、岬にある神社が隠されないような高さが選択されたという報告もあります。
 いま、インターネットで検索すれば地球上の様々な地域の様子を見ることができます。ですが、こうした還世界の相互関係は、生身の人間がその中に入らなければなかなか見えて来ません。生身の経験を通して見えてきた違う世界のありようを重ね合わせることで、ふだん意識しない自分たちのありように気づくことができるのではないでしようか。
    (聞き手。久保智祥)
 飛鳥・小山田古墳の謎に迫る
 飛鳥時代の最大規模を誇る古墳だったことが明らかになつた奈良県明日香村の小山田古墳(7世紀中ごろ)をめぐつて、専門家2人が対談する公開講座「飛鳥・小山田古墳を再び問う」が7月15日、大阪市中之島教室で開かれる。小山田古墳は2014年に偶然に発見されて以来、未知の古墳として被葬者像などをめぐつて注目されてきた。今回の対談では最新の調査成果を盛り込み、被葬者像のほか、飛鳥時代史の中での小山田古墳の位置づけなど幅広いテーマで討論する。 
7月15日 大阪で公開講 
 
 
 (令和)2019.5.22日(水)   朝日新聞夕刊