辻村深月    大西伸明 現代美術  人文考  人文考2  文芸3   
 仏教は、一般的には宗教や哲学だと理解されていますが、前近代の時代にはそうではありませんでした。「宗教」という言語自体が明治時代初めてできた訳語です。仏教は頭で考えるだけでなく、口や体を使う実践という側面もあります。
 では、仏教とは何かといえば「総合的な文化体系」であると私は思います。宗教や哲学のほか、文学、美術、建築なども仏教でした。また、椅子に座ることや風呂、歯磨きのような習慣も、仏教とともにインドから中国へと伝わりました。そのなかで、私がとくに関心を持っているのが、インドから中国へ仏教
船山徹 (仏教学)  
が伝わったときに、どのような展開・変化があっのか、仏典はどのよに漢訳(漢字に翻訳)されたのか、という問題です。

    ■    ■

 インドで仏教が起こった何世紀か後に、仏教は中国に伝来し、2世紀ごろ漢訳が始まりました。以後、主要な漢訳が約900年間にわたつて行われましたが、一番問題になったのが言葉です。
 インド仏教の正統な言葉はサンスリット語(梵語)でした。名詞の格変化が複雑で、物事を細かく区別して、分析的に言い表す傾向があります。一方、それを翻訳しようとする古典中国語は格変化もないし、名詞や動詞、時制もほとんど区別しません。つまり、すべて細かく決まっている言葉を、何も決まっていない中国語に翻訳するわけで、仏典の翻訳者には、有名な僧侶の鳩摩羅什や玄奬を含め60人ほどがいましたが、ついぞ、すべての翻訳者が共通して受け入れられるような翻訳方法はできませんでした。
 さらに興味深いのは、中国語にぴつたりと適訳がない言葉が
 仏典 中国文化に置き換え翻訳
出てきたときに、同訳するかという問題です。一つの方法として、似た音で、わざと意味をとれないような漢字を組み合わせる「音写」がありますが、その意味をなんとか訳したい場合どうするのか。たとえば、サンスクリット語で目覚めを意味し、悟りを表す「ボーディ」という言葉があります。漢訳では「菩提」という音写語や「覚」という訳もありますが、一番よく使われるのは「道」です。「道」は中国伝統の老荘思想で絶対究極の境地を表す言葉ですが、それを仏教の悟りに転用したのです。また、ブッダが話した教え表す「スートラ」は、儒教の聖典を表す「経」を使って、その重要さをアピールしました。

    ■     ■

 このように意味から考えれば誤訳なのですが、中国文化に置き換えるとこれにあたるという訳を「文化対応型の訳語」と私は呼んでいますが、中国仏教の基本語に多いのですが、その実例を調べていくと、単に言葉を置き換えるだけで済まない、翻訳することの意味や、異なる文化を超えて広がった世界宗教としての仏教の奥行や幅広さも教えてくれるのです。
 現代に仏典の翻訳を研究するとき、多くはサンスクリット原典とさまざまな漢訳仏典を見比べるわけですが、前近代の中国では、翻
訳者以外は原典を読みませんでした。つまりも原典と比べて正しいとか誤っているとい発想はなかったということで、むしろ、訳として読めるかどうかが問題でした。例えば文法的には誤りがあったとしても、通俗的な解釈の方が、多くの人に信じられていた例もたくさんあります。正誤という価値判断を超えて仏教が受容されていった実態を見ていくことを通じて、これまでの常識を転換する研究につながるのだと思います。
   (聞き手・久保智祥)
 
   カンボジアのアンコール遺跡群(世界遺産)を代表する寺院遺跡、アンコールワットを飾るレリーフ(浮き彫り)を、和紙と墨で写し取った貴重な拓本を集めた展覧会「アンコール・ワット 拓本の世界」が、大阪市東住吉区の法楽寺リーヴスギャラリー小坂奇石記念館で開かれている。   
愛好家、レリーフから採取 大阪
 
 アンコールワットは、9~15世紀に栄えたアンコール王朝が12世紀前半ごろに造営した寺院。伽藍に囲まれた石造りの大伽藍や総延長約760メートルの第1回廊を装飾した精巧なレリーフが特徴で、その内容は天地創生などの物語を表現したとされる。
 展覧会では、大阪府内の拓本愛好家らでつくるNPO法人「アンコールワット拓本保存会」のメンバーらが、1994年から約10年、5回にわたつて現地を訪れ、政府の許可を得て取った拓本など39点を展示している。
 大亀の上に乗ったヒンドゥー教の神「ヴィシュヌ」を描いた拓本(縦役2.6メートル、横約2.1メートル)など、会場2メートルを超える大作が並ぶ。保存会の久藤昭太郎さん
(77)によると、毎回15人ほどで早朝の寺院を訪れ、観光客が多くなる前に完成したという。「当時は脚立で高い場所での作業もできたが、今は遺跡保護のため、拓本自体が許可されないだろう」
 記念館の砂田円学芸員は「戦いを描いた場面は本物よりも迫力を感じる。アンコールワットを通して拓本の魅力も知って欲しい」と話す。
  入場料300円。午前10時~午後4時半。26日午後1~3時には拓本の体験教室もある。問い合わせは記念館(08.6626.2805)へ。
       (渡義人) 
 (令和)2019.7.24日(水)   朝日新聞夕刊