イラン危機拡大の構図 安倍政権の首脳外 核戦争まで 後先考えぬ 香港・新疆 覇権の衰退 米・イラン危機の彼方  米大統領選
パンデミック コロナで変わる世界  元国防長官
 1945年に広島と長崎に原爆が投下されてから今日、核兵器は75年刊の明日だ使われていない。この事実から、核兵器は相手は相手の攻撃を思いとどまらせる手段だ。実験で使用されることはないと結論を下す人もいるだろう。
 その結論は誤りである、核兵器の使用に合理性はなくても、核兵器を使うかねないと相手に思わせることには合理性を認めることができるからだ。
 それを端的に表現するのがリチャード・ニクソン元大統領のマッドマン・セオリー、狂人理論だ。米大統領就任前のニクソンは、後に大統領補佐官となるハルデマンに向かって、ベトナム戦争を止めるためなら何でもすると北ベトナム政府に思い込ませる方法を考え、マッドマン・セオリーと命名した。ハルデマンの回想録に出てくる有名な一節である。
 念のためにいえば、ニクソンが核兵器を使おうとしていたわけではない。だが、北ベトナム政府との和平交渉が暗礁に乗り上げた65年、ニクソン政権は戦術核兵器の使用を含む大規模な攻撃を準備することによって北ベトナムから
譲歩を引き出す計画を実際に立てている。たとえば核兵器を使う意思なくても、使いかねないと思わせて相手をひるませる方策は検討されていた。核兵器の先制使用は不合理でも先制の威嚇は合理的なのである。

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 核問題についての著作、ダニエル・エルズバーグ『世界滅亡マシン』とエィリアム。ペリーとトムコリーナの共著『核のボタン』の翻訳が相次いで刊行された。エルズバーグは60年代の国防総省でマクラマ国防長官を補佐し、ペリーはクリントン政権かで国防長官を務めたことからわかるように、どちらもアメリカの軍事戦略に著靴関わった実務家である。だが、エルズバーグはベトナム戦争秘密報告書、いわゆるペンタゴンペーパーズをニューヨーク・タイムスにリークした。ペリーもキッシンジャーもと国務長官などと共同で核兵器のない未来を求める文章をエォールスリード・ジャーナルに寄稿したことで知られている。
核兵器依存の不合理
 軍事の実務家が、なぜアメリカの軍事戦略を批判するのだろうか。その背景には、核による威嚇を放棄しようとしないアメリカ政府への懸念がある。ペリーの言葉を使うなら「米国の核の歴史の最大が矛盾の一つは、大統領が核戦争を始める必要もそのつもりもないのに、、その選択肢を捨てない」ことに他ならない。
 そこから官兵器使用を主とする数々の戦略が生み出された。エルズバーグはケネディ政権の下で核の実験使用がどのように検討されてきたのか、核戦争の計画を暴露している。さらにペリーとコリーナは米ソ冷戦終結から30年も経ちながら従来の核戦争が維持され、アメリカ政府が核兵器の先制使用を放棄してこなかったことの不合理を厳しく批判している。
 核による威嚇は核戦争を引き起こす可能性を否定できない。実務家なのにではなく、実務家だからこそ、核戦争の危険から目を背けることができないのである。

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 この2冊はともに、ニクソンの狂人理論に触れたハルデマン回顧録の一節を引用している。その理由はいうまでもない。ドナルド・トランプ大統領の下のアメリカが核先制攻撃の威嚇を試みる可能性があるからだ。いや、トランプを例外として捉えるのは誤りだろう。エルズバーグが述べるように、「トランプはトルーマン以来の歴代前大
統領(中略)―ライバルのヒラリー・クリントンもその中に含まれているのは間違いない―と同じ立場をとっているにすぎない」とてある。
 ここで必要な選択は核軍縮、そして核の廃絶である。オバマ前大統領が求め、挫折した、核兵器先制使用の放棄はその第一歩に過ぎない。現実できない理想委一蹴される可能性の高いこの選択こそが合理的である。そういう時代に私たちは生きている。
 だが、核戦略は国家機密に包まれており、事実を知ることも容易ではない。ペリーが核廃絶を訴えのは国防長官を辞してから約10年後のことだつた。ベトナム戦争の機密をリークして訴追されたエルズバーグも、ケネディ政権の核戦争計画を暴露したのは実務を離れたずっと後のことだった。
 その結果として、核兵器の使用が実際に検討されている現実は国民の目から隠され続けた。他方では、核保有と核抑止のために平和がもたらされているという虚偽を現実として言いくるめるプロバガンダが繰り広げられてきた。
 実務を経験したものが一般の国民よりも核戦争を恐れる状況は倒錯しているというほかはない。核軍縮の展望を開くためにも、国民の安全を左右する情報を政府に独占つせず、情報公開を求め続ける必要があるだろう。
     (国際政治学者)
天皇制テーマにグループ展 
 美術家・岡本三博 京都店
  既成の言葉やデザインの意味を組み替え、表現の自由を世間に問うてきた美術家・岡本光博。主宰する京都のギャラリーで、天皇制をテーマに自ら企画・収集したグループ展を開いている。
 出展したあいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」を巡る一連の問題の後、韓国・済州島を訪れた岡本。複数の監視カメラが見張る中、公園にある「平
和の少女像むの左肩から3Dスキヤンで型取りした小鳥のブロンズ像は、抑圧された表現の自由を体現するようにかごに閉じ込められている。
 新作「キンつぎ」は、高級ブランドのロゴを引用した「バッタもん」などでオリジナルとコピーの関係を考えてきた岡本作品の延長線上にある。二つのサッカーボールのような球体は、公共空間に設置された信楽焼のタヌキの睾丸部分を型取りし、本物と同じ釉薬や製法を使って再現した陶片を、金継の技法でつないだ。戦後の昭和天皇訪問をきっかけに「タヌキの里」が一躍有名になった逸話を下敷きに、金継と「世継ぎ」の言葉遊びで転機を抜く。
 同じく「代替わり」を扱った小泉明朗の映像作品はよりシリアスだ。特撮ヒーロードラマの爆発や炎上の場面を突き合わせた映像に、平成の「即位礼正殿の儀」の中継音声が重なる。  
 鉄板から顔面をたたきだす藤井健仁の「鉄仮面」シリーズからは、岡本が選んだ「まさに昭和・平成」な2人の人物が並ぶ。
 「天覧美術/ART woth Enoeror」展は京都東山区のKUNST ARZT(http://www,kunstarzt,com/)で31日まで。 
 (令和2)2020.2.22日(土)    朝日新聞夕刊