高階 秀彌 美術評             
 7月といえば、七夕祭りである。町には、笹竹に詩や歌、あるいはさまざまな願いを記した短冊形の色紙を吊るした七夕飾りが、随所に見受けられ、眼を楽しませる。
 子どもたちも喜ぶ様子は、江戸時代以来、多くの画家たちによって描かれてきた。差しあたり、歌川広重の「名所江戸百景」のなかの「市中繁栄七夕祭」がまず思い浮かぶ。「市中繁栄」と言いながら、町の姿は画面下方に家々の屋根だけが描かれ、画面では、青く晴れ渡った空に、遠く富士山を背景に多彩な色紙や吹き流しがへんぽんと風に舞う。その華やかな様相が自ら市中の賑わいを予想させる卓越な構成である。
 だがここでは、異色の七夕絵と言うべき葛飾北斎の「西瓜図」(宮内庁三の丸尚蔵館蔵)を採り上げたい。これは、絹本青色のれっきとした肉筆画、縦86.4センチの画面には、半分に切った西瓜を果汁のしみこんだ和紙に覆い、その上に包丁をおくといういささか風変わりな西瓜図と、上部から異様なまでにくねりながら垂れ下がる西瓜  七夕と北斎
西瓜の皮に願いを
 の皮が描かれている。背景の説明は何もないが、切られた西瓜が置かれているのは室内、縄につるされた西瓜の皮は戸外であろう。つまり、ジャンルから言えば、水かにかかわる二つのモティーフを組み合わせた静物画である。この作品のどこが七夕絵になるのだろうか。
 もともと七夕祭りは、中国の牽牛、織姫の伝説と、そこから派生して技芸の上達を願う乞巧尊の祭儀に、日本の棚機津女の民間信仰が習合して生まれた。いずれの場合も、機織りという技芸にかかわるものであることが、習合をうながしたものであろう。水辺に機屋を設けて神を迎え、穢れを祓ってもらうという「棚機津女」にちなむ行事は
 日本の各地にあり、多くは7月6日の晩から翌朝にかけて行われた。
 すなわちそれは、日が暮れてからの祭事で、そのため「星祭り」とも呼ばれた。さすがに松尾芭蕉はそのことをよく知っていて、「奥の細道」の旅の途次、元禄2(1689)年7月6日、直江津で宵七夕の風習に触れて、「文月や六日も常の夜には似ず」の吟を残している。また、祭りに際して願いごとを記した短冊を五色の糸とあわせて笹竹に吊るす風習があつた(現在もある)ので、「願いの糸」という季語も、七夕祭りを示すものとして生まれた。
 そこで北斎の「西瓜図」である。この作品は、先ごろ東京・上野公園内の東京国立博物館で開催された「美を紡ぐ、日本美術の名品―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―」展に出品された。その機会に、近年の修理の際の調査と文献調査に基づく作品
来歴と図様解釈が改めて提起された。「改めて」と言うのは、これまで作品の図様について、奈良時代以降宮中の祭事に取り入れられた乞巧尊行事を表したものとする解釈がもっぱらだつたからである。
 まず来歴については、明治30(1897)年に古美術商から買い上げされて皇室にはいったものだという。そして図像に関しては、西瓜の赤色は織物の名手龍田姫の色であるから織姫、男性を暗示する包丁は彦星、両者を隔てる塗れた和紙は川をイメージで、あわせて織女(織姫)と牽牛(彦星)の七夕伝説を表すものとする。とすれば、くねりながら垂れ下がる西瓜の皮は、染色した絹を干す様相、あるいは端的に「願いの糸」の見立てと解釈できるであろう。十分に首肯できる説と言ってよい。
  (美術史家・美術評論家) 
 女性写真の草分け・山沢栄子展   掛けた。   62年発表の写真集「遠近」では、55年に再渡米した際のニューヨークの街角や師のカナガの姿を鮮やかに写し撮っている。
 その後は、独自の抽象表現を探求するように、70~80年代に制作したカラーとモノクロによる抽象写真シリーズ「私の現代 What 1 Am Doing」は、斬新な画面構成と陰影が独特のイメージの世界を形作る。くしゃくしゃに丸められた紙や折り曲げられた針金、ざらついて質感のれんが、さびついたカギ・・。身近なモノを様々に並べ、日常に息づく美を見いだしている。 
 28日まで。水曜休館。一般800円など。西宮市大谷記念美術館(0798.33.0164)。(池田洋一郎)
   
独自の抽象表現にフォーカス
 日本の女性写真家のパイオニア、山沢栄子(1899~1995)の生誕120年記念展「山沢栄子 私の現代」が西宮市大谷記念美術館(兵庫県西宮市)で開催中だ。約140点の作品や資料で、独自の表現を追求した足跡をたどる。大阪生まれの山沢は1956年に渡米し、写真家コンスエロ・カナガに写真を学んだ。29年に帰国した後は大阪にスタジオを構え、戦前戦後を通してポートレートや広告写真を手
 
  美術家・横尾忠則の作品が持つユーモアやウィットに焦点を当てた「人食いざめと金髪女性―笑う横尾忠則展」が神戸市灘区の横尾忠則現代美術館で開かれている。油彩画やアクリル画、舞台美術など約140点を展示。遊び心やパロディー精神にあふれた横尾作品が堪能できる。
 第1章では、思いがけないもの同士を画面上で組み合わせて驚きや謎を生み、そこにユーモアを重ね合わせた絵画が並ぶ。「Panicぱにっくパニック」は、巨大なサメが大口を開けた横で、金髪美女が大笑いしている構図。「天の足音」は、火山の噴火を連想させる真っ赤な画面の上部に点々と足跡が記され、警告をもじった「天才ハ忘レタコロニィヤッテ狂ゥ」の金文字が躍る。
 平林恵学芸員は「童一画面に様々なモチーフがコラージュされて、不条理さの中に笑いの要素がちりばめられ、シュールレアリスムに通じる」と話す
 第2章は、世界的名画を引用し、横尾独自の批評を加えて換骨奪胎した絵画が
笑いと遊び心
 タブーに挑戦  
並ぶ。特に近代フランスの画家アンリ・ルソーのパロディー作品十数点が目を引く、横尾の手にかかると、ラクビーを楽しむ男たちを描いたメルヘンのようなルソーの絵が、ボールの代わりに選手本人の生首を奪い合う図へと変容し、おかしくも不気味だ。
 第3章では、哲学者の故・梅原猛が原作を手掛けた「スーパー狂言」3部作の上演のために横尾がデザインした装束や小道具などを展示。恐竜を形どったり、プロ野球チームのユニホームを模したり、奇抜で色鮮やかな装束や動議が目を奪う。
 横尾は「日本では芸術に笑いを持ち込むことがタブーになつている。タブーに挑戦してみようという展覧会です」と話している。
 8月25日まで、月曜休館(7月15日と8月12日は開館しそれぞれ翌日休館)。一般700円など。横尾忠則現代美術館(078.855.5607)。
          (池田洋一郎)
 2019.7.9(令和元年)(火)     朝日新聞夕刊