現場へ 1.2.3.4 現場へ―2  五輪の陰で1.2.3  見送られた津波対策 1.2.3.4.5 外公文書公開・光と影
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 20005年12月14日、東京・霞が関の経済産業省庁の会議室で小野祐二(57)は切り出した。
 「女川で基準値震動を超えたことで、想定を上回る自然現象が実際に発生しうることが明らかになつた」
 電子力安全・保安院の原子力発電安全審査会で審査班長の地位にあった小野は。目の前には東京電力で原発を担当する8にんの技術者がいた。小野は要請した。「想定外事象の検討を進めてほしい」
 4カ月前の8月16日、東北電力の女川厳罰が宮城県沖地震で激しい揺れに見舞われ、一部で設計上の想定を上回った。首席統括安全審査官の平岡英治(63)ら保安院幹部にとってそれは基準の甘さを疑わせる「衝撃」だつた。

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 同じころ平岡は保安院の担当者や専門家が月2回開く「安全情報検討会」で「インド津波と外部溢水」を取り上げ、研究を進めていた。前年の04年12月26日、スマトラ島沖で起きた大地震で津波が発生し、インドにある原発で海水ポンプが水没するトラブルがあった。日本にとっても見過ごすことのできないリ
東電に「想定外の検討を」 見送られた津波対策1⃣ 
令和元年(2019.11.11)朝日新聞夕刊  スクがあるのではないか、と平岡は心配したのだ。
 小野は東電の技術者に言った。
 「できるだけ早く想定外事象を整理し、弱点の分析、考えられる対策などを教えてほしい」
 例えばポンプが水につかると何が起きるかなど、可能な対策とそのコストも含め共闘認識化したい。他電力にも話をしたい」
 東電が作成し、のちに検察が押収した05年12月14日の議事録には小野の言葉がそう記載された。

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 年が明けて1月30日、東電など電力会社、保安院から技術者が集まって「溢水勉強会」が始まった。5月11日の勉強会で、福島第一原発5号機の検討結果が東電かに報告された。敷地の高さを超える津波が来ると非常用発電機や熱除去の機能を失い、炉心溶融につながりかねないと判明した。
 6月9日、保安院の小野たちが福島第一原発を訪れた。
 東京地検が作成した小野の供述調書によれば、建屋の自動ドアに遮水措置はなく、非常用ディーゼル発電機の吸気口が低い位置にあった。津波が敷地の高さを超えたときにはそこから海水が建屋内に入り込んでくることを確認した。
 非常用海水ポンプは建屋もなく、屋外にむき出しで置かれていた。5号機の場合、その設置場所の海面からの高さは、津波の高さの想定と同じ5.6メートルだつた。
 小野は「これでは余裕がなさすぎる」と思い。東電社員に「ポンプは守らないと」「対応しなきゃいけないですよ」と言った。

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 11年3月に高さ13メートル超の津波に襲われて炉心溶融事故を起こした福島第一原発をめぐり、東電の元会長ら3人が業務過失致死傷の罪で起訴された事件。9月の一審判決は全員無罪の結論だつたが、その操作や公判の記録が各地の原発関連の民事訴訟に送付され、記者はその多くを閲覧した。記録から浮かび上が事実をたどつた。
 =刑敬称略
  (編集委員・奥山俊宏) 
  「分かりやすい言葉で言えば、力が抜けたという、そういう状況だつたかと思います」
 昨年4月10日、東京地裁の刑事法廷で、東京電力原子力設備管理部の土木調査グループ課長、高尾誠(55)はそう証言した。
 その10年前、2008年7月31日の社内会議で、検討中だつた高さ15.7メートルの津波への対策を実行に移す段取りではなく、津波の想定高さの算出方法を「研究
する」との方針が常務・武藤栄(69)の発案により決まった。土木調査グループの技術判断が経営判断で覆され、方針が変更されたのだ。
 「それまでずっと対策の計算をしたり、かなり私自身は前ののめりになつて検討に携わっていましたので、そういった、検討のそれまでの状況からすると、予想していなかったような結論だった」
 高尾は、沖の防波堤、あるいは、敷地内の防潮堤など様々な検討を重ねていた。
 「そういつたことがちょっといったん保留になるといいますか、そういつたことでしたのでそれで力が抜けてしまつた」
 法廷で高尾はそう振り返った。
技術判断を経営判断で覆す 見送られた津波対策2⃣ 
  















令和元年(2019.11.12日) 朝日新聞夕刊
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 02年に政府の地震本部が公表した予測は、福島県の沖合を含め三陸沖から房総沖にかけての日本海溝沿いでどこでもマグニチュード8級の津波地震が起きる可能性があると指摘した。これを採り入れて高さ15.7メートルの津波に備えて対策を実施させざるを得ないというのは、高尾ら土木調査グループ担当者の総意だった。
 土木調査グループを含め地震対策のグループを統括する原子力設置管理部ナンバー2の地位にあった山下和彦は「15.7メートル」に強い違和感を覚え、そんな高さの津波への対策工事は非現実的だと考えた。のちに東京地検検事に取り調べられた際の供述調書によれば、山下が「10メートル級の津波が実際に発生することはないだろう」と思った理由に、東電が新潟県に所有する柏埼刈羽原発(通称「KK」)の07年の被災があった。「KKで想定を上回る地震動を観測した中越沖地震を経験しており、そう何度も想定を上回る事象が生じることにないだろうと思い込んでいました」
  供述によけば、その思い込みに科学的根拠はなかった。

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 新たな方針に理解を得るため、上司の指示で高尾は津波学者に次々と面会を申し入れた。原子力安全・保安院の原発審査に携わる専門家たちに「3年間の研究及び審議」をしたいと説明した。
 秋田大学准教授の高橋智幸(52)の反応は、高尾の証言によれば、「ほかの先生に比べますと、やや厳しめ」だつた。
 高橋は「理由をきちんと示す必要がある」と異論を唱えた。東電側が作成した議事録によれば、「非常に緊迫したムード」となる中、高尾が説明を繰り返したが、高橋は言った。「地震本部が言っている以上、それを考慮しなくよい理由を一般の人に対して説明しなければならないと考える」
 そんな「説明」は東電にとってほとんど無理だった。
   =敬称略(奥山俊宏)

 
 日本原子力発電の本社内に「津波タスク」と呼ばれる会議体が発足したのは2007年秋だつた。
 茨城県東海村で日本初の商用原発を建設し、東海第二原発、敦賀原発を所有する原発専門会社で通称は「原電」。日本原発のパイオニアだが、社員は1200人ほどで、東京電力や関西電力に比べると、数十分の1にとどまる。
 原発の地震評価や新規建設を担う開発計画室と、原発の日々の運営を担う発電管理室の垣根を取りはって、土木、 
 建築、ブランド管理、技術・安全などのグループから管理職や担当者が一堂に会し、津波対策の課題や提案を出し合って議論し、その方向性を見いだし、経営陣に提言していくための、部門横断のチーム。それが「津波タスク」だった。「耐震タスク」の下に設けられた。

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 担当者や各グループには「放っておけば自分の殻に戻ってしまう傾向」がある。関係者によれば、「タスク」はそんな縦割りを打破し、「やるんだ!」と意識づけ、旗を振る場になった。2~3週間に1度の会議で、各グループごとに「じかいまでにここまでやってください」と具体的な行動予定を決め、その次の会
 原電「タスク」防潮堤に結実」  見送られた津波対策3⃣
令和元年・2019.11.13日(木)朝日新聞夕刊 議各グループから報告を受けて進捗を確認した。
 東海第二原発の構内の地盤改良工事で出る廃泥を盛り土にして防潮堤にしうというアイデアはそういう名か~出てきた。具体的な津波の高さを想定して完璧を期した工事ではない。が、産業廃棄物の「有効活用」で「一石二鳥」になると09年5月に完成させた。
 試算された高さ12メートルの津波を完全に阻めるものではなかった。しんーかし原電で土木計画グループマネージャを務めた阿保秀範(59)は東京地検の刑事法廷で、敷地の高さを越える津波にも盛り土は「一定の効果があるということだと思います」と証言した。
 「しないよりも、することによって(津波)低減できる」

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 原電の関係者によれば、敷地の高さ8.9メートルを超えるような津波については、何メートル何十メートルという具体的な高さの数値ではなく、「そこから上はかたまりのターゲット」ととらえた。完璧な対策はいずれにせよ、すぐにできるようなものではない。ならば、「できる対策から迅速にやろう」という雰囲気が社内にあった。
 盛り土のほかに、東海第二原発では09年9月にかけて、建屋の扉にゴムパッキングをつけて防水仕様にし、シッターは防潮板つきに交換し、出入り口に堰を設けた。
 東京電力の社内事情は原電と対照的だつた。09年夏、土木調査グループ課長・高尾誠(55)は、発電所の安全性全体の視点を入れて津波対策を検討すべきだと考え、「各クループの検討を有機的に結び付けたような会議体」の設置を上司に進言した。しかし却下された。高尾の再度の提案で「福島地点津波対策ワーキング」で発足したのは1年後の10年8月で、原電の「津波タスク」に後れをとること3年。福島原発は津波対策をほぼなにも実行移されないまま11年3月を迎えることになつた。
 2011年1月28日、政府の地震調査研究推進本部(地震本部)の会議で、その年の3月に公表する予定の「地震活動の長期評価」草案のある記述が問題になつた
 「宮城県中南部から福嶋県中部にかけての沿岸で、巨大津波による津波堆積物が約450~800年程の間隔で堆積しており(中略)、巨大津波に伴う地震がいつ発生してもおかしくなはない」
 震災発生1カ月半前のことだ

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  会議出席者から異論が出た。「『いつ起きてもおかしくはない』という言葉は、東海地震によく使われていて、特別対策法を造らなければいけないのかという連想が働いてしまう」
 メールで意見が交わされ、「巨大津波が発生する可能性があることに留意する必要がある」と草案の表現は弱められた。
 2月9日の会議で独立行政法人・産業技術総合研究所の岡村行信(64)が逆方向から異論を唱えた「この書き方だとほんとうに来るのかどうかよく分からないというニュアンスに受け取られる」
 翌10日、岡村は改めてメールで意見した。「巨大津波の危険性が高まっていることを、宮城県及び福島県の関係者にはっきり伝えることは重
 「宮城・福島で危険性」激論 見送られた津波対策4⃣ 
 令和元年(2019.11.14日)  朝日新聞夕刊
要だと思います」
 これに反論したのは文部科学者の担当係長、本田昌樹(41)だつた。「『いつ起きてもおかしくない』とするなら国として対策を講ずることを想定しなければなりませんが、現状、最優先して体制を整えるべきであると訴えるほどの評価は出来ておりません」

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 地震本部でこのとき担当部会長だつた東京大学名誉教授・島崎邦彦(73)の証言によれば、この長期評価は当初、3月9日に決定される予定で、島崎は当然即日公表になると思っていた。ところが、2月17日、事務局から公表を4月に延期したいと求められた。
 東京電力元社長らが起訴された刑事法廷で昨年5月9日、島崎は文化省から伝えられた延期の理由を証言した。「剣に事前説明するのと、電力会社に事前説明をするということであった」
 実際、文科省は2月22日に原子力安全・保安院に、3月3日に東京電力、東北電力などに公表前の事前説明をしていた。
 東電側が作成した議事録によれば、文科省側は長期計画の文案について「表現の配慮など、相談に乗れる部分もあると考え、このような非公式な情報交換会をお願いした」と述べたとされている。
 その8日後、震災は発生した。島崎は「なんで4月暗記を了承したのか」と自分を責めた。
 今、島崎は当初と異なる心境にある。電力会社などの介入を受け入れる大きな流れが裏にあった以上、3月9日公表はいずれにせよ無理だった。
 人間は妥協するが、自然は妥協しない。行政や電力会社の都合から科学的判断を完全に分離・独立させるべきだ。そうした教訓が今も十分に学びとられていないと島崎は危機感を抱く。
            ?敬称略(奥山俊宏)
 福島第一原発事故が発生したときの東京電力社長、清水正孝(75)は、事故発生2年後、2013年2~3月ごろに複数回、業務上過失致死傷の被害者として東京地検で検事・宮本恭子(45)の取り調べを受け、供述調書の作成に応じた。
 調書によれば、2月28日の聴取で清水は「社内で算出した結果、福島第一発電所の想定津波水位につき一番高いものが15.7メートル」だつたとの報告を初めて聞いたのは震災発生後の11年6,7月ごろのことだった、と供  
述した。
 宮本は問いただした。「震災以前に、社内で算出した想定津波水位が従前の想定津波水位を超えること、あるいは、敷地高さを超えることについて報告をうけたことがあつたのではありませんか」
 清水は「そのような報告を受けた記憶が全くありません」と答えた。すると、宮本は、08年2月16日の社内会議のメモと資料を清水に示して見せた。

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 メモにある会議の出席者欄には清水の名前があり、資料の4枚目に「津波の高さの想定変更」という項目があつた。従来の高さ5.5メートルの想定を「7007メートル以上」に見直すとの案が書か 
東電に「想定外の検討を」  見送られた津波対策5⃣ 
  令和元年(2019.11.15日)   朝日新聞夕刊
かれていた。
 「しかし、私は、このような報告を受けた記憶が全くありません」と清水は説明した。「このとき打ち合わせにおいて、津波に関しては議論にならなかったのだと思いますし、資料の説明自体もなされてなかったのではないかと思います。もしも何らかの報告がなされれば、記憶に残っていたはずではないかと思うからです」
 すると、宮本は09年2月11日の社内会議の議事メモを示した。
 出席者欄には社長の清水の名前がありも議事メモの6枚目に原子力設備管理部長の詞として、次のように記載されていた。「もっと大きな14メートル程度の津波が来る可能性があるという人もいて、前提条件となる津波をどう考えるかそこから整理する必要がある」
 宮本は尋ねた。「どうして清水さんには記憶がないのですか」
 清水は「今の時点では、記憶がないとしか申し上げようがありません」と答えた。
 その会議の資料も清水に示された。津波に関する記債の横に手書きで矢印が引っ張られ、その先に「問題あり」「だせない」「注目されている」とあつた。清水は「これは
私の字ではありませんし、何を意味しているのか分かりません」と答えた。

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 宮本が「清水さんは、実際に奉告がなされた部分しか資料は読まないのですか」と尋ねると、清水は「配布資料にはすべて目を通すようにしていますので、当時は読んでいたのだろうと思います」と認め、弁解を加えた。「このような各論部分については、専門である原子力・立地本部に任せており、きちんと対応してくれるはずだと考えていました」
 その清水は福島原発の安全確保と事故対処の最高責任は委ねられていた。疑惑不十分を理由に清水は不起訴となつた。 =敬称略(おわり)(編集委員・奥山俊宏)
 令和(2019.11.19日)      阿蘇日新聞夕刊