現場へ 1.2.3.4 現場へ―2  五輪の陰で1.2.3  見送られた津波対策 1.2.3.4.5 外公文書公開・光と影
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 外務省の一室で私は先月、古いファイルに見入っていた
 背表紙には「重光外務大臣訪米関係」。1955年8月、重光葵外相がダレス国務長官との会談で自衛力遂次撤退を唱え日米安保条約改正を切り出しのは有名だが、その訪米に関する当時文書が綴られていた。
 作成して30年以上になる戦後外交の膨大な記録から外務省が公開する。年末恒例の外交文書公開。今回の対象ファイル15冊の実物を外務省で見る機会があったのだ。
 公開を機に「極秘」が解か
れる文書もあり、戦後史に「光」をあてる報道や研究が生まれる。しかし、「影」も浮かび上がる。

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 劣化で黄ばんだ重光・ダレス会談録を操ると、原本をコピーし白い紙に差し替えたページに突き当たる。階段の一つの焦点の日ソ国交回交渉について、一部を「黒塗り」で隠した文書だ。冷戦下で米国が注視する日ソ交渉について伝えようと重光がダレスに渡したものだが、北方領土に関する所が明らかにされなかったのだ。
 外務省では公開範囲を検討する委員会には歴史学者もいる。外交文書公開をたんとうする公文書監理室長の吉田昌宏(45)は「委員会で有識者にもかなり真剣に議論いた
令和二年(2020.1.6)朝日新聞夕刊  だき、黒塗りはかなり絞った。ただ、現時点とのつながりで出せない部分がある」と説明する。
 そもそも対象ファイルをまず外務省の事務方が選ぶお手盛り感はあるが、ソ連の後身ロシアと今も続く北方領土交渉と「つながり」のある文書があるほどのファイルが選ばれたのだと割り切って取材を進めた。すると、「影」からも日本外交の断面がのぞいた。
 大阪大教授(日米外交史)の坂本一哉(63)はこの日ソ交渉の文書で、国際法の航行の自由に触れた一文だけ明かす大きな黒塗りの中身を「千島列島の海峡通行で米国排除を狙うソ連の主張と、日本の反論ではないか」とみた。黒塗りのない会談議事録では、重光がソ連は軍艦の海峡通行を隣接諸国に限るべきと提案。日本を超え太平洋にインフルエンス(影響)を及ぼす意図と考えられる」と述べているからだ。

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 重光は日ソ交渉が冷戦下の米国の国益に関わることをよく理解し、丁寧に報告。ダレスは「要は忍耐であり譲歩は決して得策ではない」と語った。翌56
 年に日ソ国交回復が成るが北方領土問題は決着せず、国境は今も定まらない。
 そんな「現時点とのつながり」を理由に外務省は、日ソ交渉について65年前に米国は伝え、研究者には察しがつく部分を今も伏せる、ソ連やロシアをめぐる日米が重ねてきた協議に、いかに黒塗りの世界が広がるかを物語る。
 重光が撤退を唱えた在日米軍 の存在もいま日ロの北方領土交渉のトゲになつている。解決を掲げる安倍政権はこうした日米ロのもつれた糸をどう解くのか、国民に語る言葉をほとんど持たない。
 古いファイルに差し込まれた真新しい黒塗りの紙は、政府が口をつぐみ国民の理解が深まらない外交の自爆自爆を映す。   =敬称略 
  (編集委員・藤田真央)
  政府が「外交や安全保障に支障がある」として隠した情報を、その前からホームページ(HP)に載せていた。こんな不可解極まる出来事が最近発覚した。
 私は2017年、外務省に半世紀前の日米安全保障協議の文書開示を求めた。情報公開法による開示請求だ。「黒塗り」でかなり伏せられた「部分開示」の文書が、第三者機関の審査を経て昨年開示されたが、その内容が10年から外務省のHPに公開されていた。公開請求されたものは
タイプ打ちで、比較した時点で(同じ内容)と担当者が判断できなかつた」
 つまり、公開済み文書と見比べたのに、体裁が違うから黒塗りにしてしまつたというのだ。
 黒塗りされたのは沖縄返還交渉の文書で、米側が求める返還後の沖縄への緊急時の核持ち込みに外務省幹部が理解を示す部分だ。民主党政権かで09~10年に外務省がした日米安保密約調査の柱の一つで、対象文書を公開していた。

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 この文書を所管する日米安保条約課の中堅官僚は「外務省で当課には開示請求がもっとも多く、主に若い職員2人で対応している。相当苦しい
  















令和2年(2020.1.7日) 朝日新聞夕刊
」と話す。確かに忙しさと不慣れから、核問題のように機敏なくだりを黒塗りにしてしまうことはあるかもしれない。
 だが、その判断が省内を素通りし、外相決定通知として私に届いたのだ。組織として公開情報を忘却したと言われても仕方がない。
 この件をふまえ別の野党議員が政府に、同様の例は01年に情報公開法施工後内科と質問した。政府は昨年11月、「千代宇佐に膨大な時間を要するためお答えは困難」とする答弁書を閣議決定した。
 お答え困難どころか、政府は確実に知っている。ジャーナリストの布施祐二(48)が日米地位協定関連で約60年前の文書を請求した件だ。前回紹介した外交文書公開で外務省が進んで出したのと全く同じ文書を不開示にしていたことを、昨年9月に認めた。
 私の件と同様、民主党政権時の10年の公開情報を17年に伏せていた。外相の茂木敏充(64)は「安倍政権だからではないと思う」と国会で述べたが、本当にそうか。べつの中堅官僚は「省内では民主党政権時に積極的に開示
 された外交文書への関心は当初高く、請求に対し所管課の黒塗りが外されてでたこともあった」と振り返る。

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 外相当時に外交文書公開制度を推進した大平正芳は1973年に国会で「これは民主主義の根本だろう。一定の期間経って関係国にも支障がない段階
似なると、洗いざらい国民が自由な回覧できる。学者は活用できるようにすべきではないか」と語っている。
 茂木は今回の問題に関連した国会で外交文書を公開する理由を問われ、「日本外交に国内外の理解を深める」とだけ述べた。問題意識と説明能力の劣化を感じざるを得ない。
    =敬称略(藤田直央)
 
 幕末以来の文書を蔵する東京・麻布台の外務省外交史料館を先月、取材に訪れた。飲み物の自動販売機が二つ並ぶせ小さなロビーから閲覧室に入ると、利用者数人が古いファイルを開いていた。
 外務省が作成から30年経った戦後の外交文書を徐々に同館に送り可能にし始めたのは、開館5年後の1976年。2010年には「30年以上の文書は後悔するとの原則」を記す規則を定めた。
 だが、徹底にはほど遠い、同館は閲覧や複写といった利 
 用請求への対応決定にはほど遠い。同館は閲覧や複写といった利用請求への対応決定を原則30日以内とするが、研究者の「米国・ソ連関係」ファイルに関する請求は1年4カ月も後の昨夏に許可。しかも一部内容が伏せられた。
 なぜこんな事が起きるのか。同館に最近移されたファイルの目録を閲覧室で見ると、ほとんど「要審査」とある。原因はこれだ。
 
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 11年施行の公文書管理法により霞が関の外務省で保存期間30年を迎えたファイルを毎年約2千冊、同館へ続々と送られてくる、だが、「外交や安全保障への支障」といった観点からどこまで公開するのか審査は後回しなのだ。
令和2年(2020.1.8)日(木)朝日新聞夕刊  審査はどう進むのか。同館の主査・浜岡鷹行(36)に聞くと、情報公開法による開示請求対応で外務省が悩むのと同様、人手不足の現状が延々と語られた。
 「移管されたファイルに利用請求が来ると、外務省に戻して審査が始まります」という所から驚いた。同館のファイルは、私たちが見たいと申し出てようやく審査が始まり、その審査の為忙しい外務省へ戻ってしまうとは―。
 外務省は審査を終えたファイル戻す際に黒塗りにするページは原本とコピーを差し替え、利用者が原本をめくるのに備えて補修する。これらを数人でこなす日々で、副館長の中野洋美は「もっと多ければいいんですが」と話す。

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 これまでファイル約5万6千冊分が映された。閲覧できるのは4割未満。研究者はどうみるのか。
 九州大准教授(日本政治外交史)の中島琢磨(43)は「利用許可まで1年前後かかるので、曜審査のファイルをあてに論文は書かない。関心のあるファイルを請求していつか閲覧可能になれば他の研
究者にも役立つかもという。助け合いの精神ですね」と笑う
 目の前の仕事に追われる政府に公開を促す私たちにも余裕が必要なのだろうか。慶応大教授(外交史)の細谷雄(48)に聞くと、遠国の「文化」の話になった。
 ロンドンの国立文書館では、戦中にヒトラーの動きや戦後のスエズ動乱、フォークランド紛争など様々なテーマで企画展や講演会がある。普通の人たちが訪れ、喫茶店やレストランで感想を話し、現物の史料を見たくなった人向けのツアーもあったという。
 「これは文化です。公開文書の活用が国民に浸透し、重要な外交問題も首相から歴史家、国民まで共有する。日本も一つ高い段階に行けば、民主主義に支えられて外交の質が向上し、何かと心配して黒塗りする現場の負担も減るはずです」 
   =敬称略(藤田真央) 
 政府に情報公開を求めて拒まれ、「第三者機関」に訴えて認められるのは3割。情報公開・個人情報保護審査会での2018年度の対応だ。01年の情報公開法施行でてきた審査官は、中央省庁に文書開示を求めた人が結果に不服な場合の申し立てを審査する。
 18年度に出した答申632件のうち、186件が申し立ての全部か一部を妥当と認めた。外交文書の開示を求め「黒塗り」の紙を出されることが多い私も此れまで数件を申し立てたが、寄れしい結果はやはり3割く  
らいだ。
 審査はどう進むのか、先月に審査会を訪ねた。総務省の組織だが、霞が関の本省内ではなく永田町の千布合同庁舎にある。
 非公開の審査が始まる前の部屋をのぞくと、机には六法全書やファイル。委員は国会の同意を得て首相に任命され、今は元裁判官・検察官、弁護士、大学教授ら15人が分野別に5部会に分かれる。
   
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 委員らの指示で文書を管理する省庁に問い合わせるなど、審査を支えるのが審査会事務局だ。総務課長の河合暁(52)に聞いた。
 不開示が妥当か判断するには黒塗りのない文書を見ないといけない。省庁は原本のコ
ピーを送ってくるが「その対応が遅いと審査は進まず、催促が大変です」。18年度に答申が出た
事案の審査の回数は平均で2.6だが、期間は約7カ月に及ぶ。
 外交関係では審査会にも慎重さが求められます」。情報公開法では外交や安全保障に影響する「おそれ」があれば不開示にできるが、それは国益を論ずるような世界で、詳細な説明を求める委員と外務省のやり取りにも時間がかかる。外交文書の研究者らに不満が強い審査期間の長さにはそうした事情がある。
 結果、外務省の不開示が覆ることもある。私が申し立てた件では1972年の沖縄返還に至る日米交渉の文書がそうだ。審査会は昨年、「沖縄返還からすでに40年維持用が経過していることに鑑み、公にしても『おそれ』があるしは認められない」と判断した。

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 外務省は30年経った文書は原則公開とするが、審査で各省庁の建前を超えることもある。「民主的行政の推進という情報公開法の趣旨をふまえ臨みます」と語る河合は、
令和2(2020.1.9)金 朝日新聞夕刊  30年未満の文書で外務省の不開示を認めなかった件に触れた。
 日米安保体制の基本文書「日米防衛協力のための指針」の97年改正に関する首相用の国会想定問答の不開示について、2010年に出た答申だ。「国会でその通り答弁されて差し支えない内容として十分検討されたもの」であり、かいじしても外務省のいう「おそれ」はないと指摘した。
 この答申は、首相用の想定問答について不開示を認めたきた過去の答申と異なる判断だつた。担当部会の審査で先例を覆す答申が見込まれる場合は、5部会合同の爽快を開き、結論を出す。
 これまで審査会で積み重ねた約1万3千件の答申のうち、総会で洗礼が覆ったのは3件だという。もっと頑張ってほしい。  =敬称略
  (編集委員・藤田真央)