1969・1991         
    砂浜のゲレンデ  
 「御宿海岸は格好の砂丘のゲレンデ」との写真説明とともに、朝日新聞報道写真集に掲載されたこの1枚。太平洋に面した千葉県御宿町の砂浜で水着姿の「スキーヤー」たちが笑いに興じている。
 1961年生まれの町のベテラン職員に尋ねてみると、「自分が物心つい
てかみる と、「自分が物心ついてからは見たことがない」。だが、町の内陸部にはかつて、砂丘を滑るサンドスキー場があり、スキー板やソリを貸し出していたという。「御宿の砂は粒子が細かいのでスキーに向いていたんじゃないでしようか」と同職員・





     あのとき
  1996  
 はっぱふみふみ
  大学の教室で文庫本を読んでいた彼は、不意にこう聞いてきた。「前田君、きょうは何パーセント幸せ?」
 何パーセント? 幸せは百分率で語れるものなのか。意味がわからない。とっさに「君は?」と質問を返す。「今日は30%幸せなんだ」「残り70%は?」「不幸としかいいようがない」
 え―っ、70%の不幸を抱えて、いまここにいるっていうのか、まじまじと彼ら顔を見る。すると「で?」と、僕に答えを促す。「ああ、僕は70%幸せかな」適当に答える。「そうか」と言って、何事もなかったかのように、彼は本に目
 を移した。なになに、それだけ? 平らな道でつんのめったようになつた。
 その後、彼は会う度に同じ質問を繰り返した。あるとき「文学なんて駄目だよ。意味ないもん、法律なら資格も取れるし」と言って、突然、法律の勉強をし始めた。聞くと、好きな人に告白して手ひどく振られたのだそうだ。「文学部を出ても将来性がない」と。なんだ、幸せの百分率は、そこだつたのか。
 「見切りがついたらやめていただても結構です。皆さんのやりたいことは大学の外にあるでしようから」。演劇専攻のオリエンテーションで、歌舞伎の教授はこう話した。映画の教授は
 「映画の研究はしても意味がない。しかし、意味のないことをし続けることに意味がある」と言った。僕は御劇を専攻した。
 みじかびら きゃぷりてぃとれば すぎちょびれ すぎかきすらの はっぱふみふみ
 万年筆のコマーシャル。意味なんてものは、後から勝手についてくるものさ。見切りがついたのか、百分率の彼は大学を中退した。そして僕は、意味のないことの意味をかみしめている。
(朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 前田安正)
    外国人労働者  
  東京・東中野に立つ木造2階建てアパート。ここの6畳半の10室にマレーシア人労働者65人を詰め込み、月2万8千円ずつ家賃を集めていたとして、中国系カナダ人が摘発された。約30年以上たち、トイレが一つあるほかは台所や風呂もない。部  屋の乱雑さや臭いに、撮影したカメラマンは「よく住んでいるなと思った」と振り返る。
 東京入管は併せて入居者のうち51人を不在残留の疑いで摘発した。バブル期、アジアからの出稼ぎが急増したが、外国人の単純労働者を認めぬ政府は取締りを強めていた。
  
  




あのとき   
 1961  
何でも見てやろう 
 予定もなく、がら―んとした下宿部屋では本を読む以外にすることがない。そんなときのために、電車に乗るとすることがあった。網棚に捨て去られたと思しい新聞や雑誌を回収するのだ。「何でも読んでやろう」。情報は自ら取りに行くものだ。
 当時、電車で詠み終えた新聞や雑誌は、よく網棚にポイッと捨てられていた。それをまた誰かが読んで阿弥陀ならポイッ。終着駅ではそれを回収してもいいという暗黙の了解があつた。たぶん。駅のゴミ箱から新聞や雑誌を拾うのも、日女の風景だつた。
 僕にとって、電車は移動図書館でもあったのだ。 
 あるとき、終着駅についた電車の網棚に漫画雑誌が載っていた。手を伸ばす。同時におじさんの手が伸びてきた。「俺のだ」。おじさんが言う。一瞬ひろむが「僕の方が早かったでしょ」と言い返す。
 「おまえ、これを売るつもりか」と聞く。「読むんです。おじさんはこれを売るの?」見るとおじさんの紙袋には雑誌が山ほど入っている。苦い顔を僕に向ける。雑誌発売日の直後に、路地でそれを安く売っていることは知っていた。なるほど、仕入れ先は網棚だったのか。
 特に興味のある漫画ではなかった。しかし、おじさんの顔を見ているうちに入
 手困難な希少本のように思えて、簡単なは引き下がれない。完全に子どものケンカだ。睨み返すと「じゃ、いいよ。貸してやる。明日この時間に持ってこい」。「わかった」と僕は漫画をつかんだ。
 翌日、漫画を携えて昨日と同じ場所に行った。「本当に来たのか」。おじさんは笑った。「学生だろう。たまにはこいうねの読め」と、日焼けした本を2冊渡された。アリストテレス全集の7・8巻「動物誌」だつた。
 (朝日新聞メディアプロダクション校閲事業部長 前田安正)
 令和元年(2019)8.10日 朝日新聞夕刊