もっと知りたい2.3. イラン1.2.3        
  人口約8千万の中東の産油国イランが世界を揺り動かしている。内戦中のシリア、イエメンなどにも関与し、サウジアラビアと争って地域での影響力の拡大を図る。米トランプ政権との対立は深刻で、「イラン核合意」をめぐて関係国を巻き込んだ瀬戸際外交を続けている。
 「我慢の限界」
 イランのロハニ大統領は今年5月にこう語り、保有する濃縮ウランの貯蔵量など、核合意の制限を60日ごとに順次破っていくと宣言と宣言した。18年5月に核合意から一方的に離脱しトランプ政権が、イラン産原油の全面禁輸制裁を始めたことの対抗措置だ。
 国際社会はイランに自制を求めたが、イランは「片方だけが義務を守るのは不公平だ」と強調。5月以降3回にわたり制限破りを続けており、11月上旬にはさらなる措置に踏み切る可能性が高まっている。
 
  最高指導車ハメネイ史は「核兵器は作らない」と明言するが、今年7月には核兵器の原材料になり得るウランの濃縮度を核合意の上限以上に引き上げた。核兵器開発に踏み切るのではないかとの懸念は常につきまとっている。
 核合意に至る経緯は、2002年に建設中の各施設がイランで発見された核開発疑惑にさかのぼる。05年にし遊人舌反米で保守強硬派のアフマディネジャド前大統領が国際社会から批判にもかかわらず、核開発を強化。国連安保理からも制裁を受けるなど孤立した。この状況を打破したのが、対外融和路線を掲げて13年に大統領に就任したロハニ師。米国は当時のオバマ政権が主導して約2年の多国間交渉を経て、15年7月の合意にこぎ着けた。
 核合意で、第三国の企業も対象となる米国の「二次的制裁」が解除され、欧州企業などが次
  々と進出してきた。制裁による経済の低迷から一転して、経済成長への期待が高まった。
 だが、暗雲が立ち込め始めたのが17年のトランプ大統領の誕生だつた。トランプ大統領は「核合意には致命的な欠陥がある」と主張。核合意に弾道ミサイルの規制が含まれないことや、核開発の制限期間が限定的であることなどを「欠陥」にあげた。トランプ政権は核合意を離脱し合意に伴って解除されてきた制裁を恐れる欧州や日本な殿外国企業が相次いで撤退し、イランでは通貨の暴落や物価高など、経済が困窮している。
 一方、欧州は歴史的な外交成果である合意の維持を目指す姿勢だ。フランスは、イランに150億ドル(約1兆6200億円)の経済支援を提案。だが、この支援策の実行には、米国が制裁を維持的に解除する必要がある。米国がこれに応じる様子はなく、実現のめどはたっていない。
 イラン側は、制限破りをテコに瀬戸際外交を続けて、関係国に妥協を迫る考えだ。だが、このまま制限破りを続ければ、核合意は崩壊しかねない状況だ。
     (テヘラン=杉崎慎弥)

 「男はつらいよ」新作公開へ
桑田さん、主題歌への想いは?
 今年12月27日に映画「男はつらいよ お帰り 寅さん」が公開される。22年ぶりの新作。寅さんの故郷、東京・葛飾柴又の風景を背景に、オープニング主題歌を歌うのはサザンオールスターズの桑田佳祐さん(63)だ。
 おなじみの四角いトランクも映る。試写会で見たのだが、寅さんの弟分がその場にいるような気がした。ハスキーで魅力ある歌声。仁義を切って口上を述べる場面もあり、映像を見ていると本当に楽しくなってきた。
 原作者でもある山田洋次郎監督(88)が直接手紙を書いて実現した。「桑田君が歌う『男はつらいよ』は、人を優しい気持ちにさせ、元気づけてくれる」。実際にライブ会場を訪ね、最後まで立ちっぱなしで聴いていたという。
 あの歌は1969年公開の第1作から歌われてきた。作詞は星野哲郎さん。船乗りに憧れ、高等商船学校へ。卒義後、病に倒れ、故郷・山口で長く療養した苦労人だ。プロの作詞家を志し32歳で上京。売り込みにいっては断られ、落胆して帰る日々だつたという
 電車の窓から見た都会の夕暮れ。「きれいだった。『奮闘努力の甲斐もなく』という詞は私の思いでした」。以前、私の取材にそう答えてくれた。
 星野さんの詞に、愛嬌たっぷりの口ひげに黒メガネの作曲家・山本直純さんが曲をつけた。東京芸大で学んだが、権威的なクラッシックの世界を飛び出し、大衆に広く愛される歌やCMソングを多く作った人でしたこんな名言がある。「小澤(指揮者の小澤征爾さん)が富士山の頂上なら、おれはすそ野。大衆のために音楽をつくる」
 星野さんも山本さんも鬼籍に入っているが、今回の新作公開を楽しみにしているにちがいない。
 さて、桑田さん。まだお会いしたことがない中でこんなことを申し上げるのは恐縮だが、桑田さんも寅さんのように人情に厚く、涙もろい人なのだろう。自身が出演したテレビのレギュラー番組に「音楽寅さん」と名付けるほどのファン、寅さんの生き方に共鳴しているにちがいない。
 寅さんへの思いをぜひお聞きしたい。お返事を待ってます。
 
  「敵」
 イランの最高指導者ハメネイ師らの演説に頻繁に登場する言葉だ。多くの場合、40年近く断交が続く米国を指し示す。イランでは、イスラム教の金曜礼拝が終わった後の反米デモが日常の風景になっている。人々は「米国に死を」というスローガンを叫ぶ。反米はイランの国是なのだ。
 イランと米国の関係が悪化したのは、1979年のイラン・イスラム革命がきっかけだ。親米だつたパーレビ王朝が倒れ、ホメイニ師を最高指導者とするイスラム体制ができあがつた。革命でイランから逃れた国王を米国が受け入れたため、444日間にわたる在イラン米国大使館人質事件が発生。80年に両国は断交した。イラン・イラク戦争(80~88年)で米国がイラクを支援。88年に起きた米海軍によるイラン航空機撃墜事件も、根強い反米感情の理由の一つとなっている。
 
 イランにとって、米国は中東に介入を繰り返す「大悪魔」(ホメイニ師)でもある。
 一方、米国のトランプ政権はイランを「世界一のテロ支援国家」と非難。ハメネイ師や外交の窓口であるザリフ外相すらも制裁対象に加え、イセン産原油の全面禁輸など「最大限の圧力」をかけ続ける。「反イラン」の市井には妥協の余地がない。背景にあるのが、レバノンでの米海兵隊司令部爆破事件などから「イランがテロ組織を支援し、米国も被害を受けている」といった意識だ。米国民の記憶にはイランへの歴史的な嫌悪感も残っている。ベイギャラップ社の世論調査でイランを「好ましくない」と答える割合はほぼ一貫して8割前後だ。
 そんな中、オバマ前大統領はイランとの対話路線を進めた。2013年にイランのロハニ大統領との電話会談が実現。15ねんには米国主導でイラン核合意にこぎ着けた。それでも、イランの精鋭部
隊・革命防衛隊などへの制裁は徐々に強化され、強硬姿勢の根本に変わらなかった。
 米国内では、「反イラン」が一定の政治的支援を集められるため、イランへの強硬策が広がりやすい傾向がある。またも人口の約25%を宗教右派のキリスト教復音派が占め、その多くがイランと敵対するイスラエルを支持する。ユダヤ系ロビー団体も豊富な資金力を使い、政治家にイスラエル擁護の政策を働きかれるため、米国でイランへの融和的な政策は実現しにくい。特にトランプ政権は福音派を最大の支持基盤としている事情もある。
 相互の不信感や国内事情からすれ違いが生じ、両国関係の雪解けにはほど遠い状態だ
。トランプ米大統領がロハニ師との今年9月の国連総会での会談に前向きな姿勢を示し、断交後初の歴史的な会談実現への期待が高まった。だが、直前に起きたサウジアラビアの石油施設への攻撃で、対話ムードは消えた。米国は「イラン犯行説」を主張し、両国の溝は一層深まった。
  (テヘラン=杉崎慎也弥)  
 白血病から復帰 J2早川選手訴え
 闘病はそれぞれ 周囲は見守って
 サッカーJ2新潟のDF早川史哉選手(25)が5日、急性白血病からピッチに戻ってきた。1287日ぶりの公式戦だつた。同じ病から復帰したアスリートはまだ数少ない。今後、モデルケースの一つになるのでは、と思った。だが、安易な考えだと、本人から教えられた。
 復帰した翌日、早川選手の元には白血病と闘う患者からSNSな途を通じて、「早川選手みたいになれるように頑張ります」とのメッセージが数多く届いたという。
 早川選手は「僕の例がすべてじゃないんです」と力を込めた。
 急性白血病と診断されたのが2016年5月で、半年後には精髄移植の手術を受けた。「たまたま早くドナー(提供者)が見つかった」。抗がん剤治療では、選手として致命的な後遺症が残らなかった
二つの高い壁を乗り越えられたのは、努力はもちろんのこと、運も味方したからだ。
 日本骨髄バンクによると、国内患者のうち9割以上が1人の適
合ドナーが見つかるいっぽうで、実際の移植率は6割を下回る。ドナーを必要としなくなつた患者がいる一方でドナーの事情で手術を受けられない患者もいる。
 16年2月に胃がんが見つかったプロ野球広島の赤松真人外野手(37)は抗がん剤の副作用で手のひらの感覚をなくし、球が手につかなかつた。1軍出場は今季最終戦のみで、現役引退となつた。
 闘病の行方は本人にも見通せない。それを周囲も踏まえてほしい。と早川選手は考える。同じ白血病を公表した競泳女子の池江瑠花子選手(19)をめぐつては、「いろんな人からの期待を背負わされかねない。周りは変に騒ぐより、見守ってあげたほしい」という。
 「1287日」は、あくまで一例に過ぎない。同じ病でも、歩む道道のりはひとそれぞれ。「みんな必死に生きようとしているんで、変に頑張ろうとか、無理はしてほしくないんです」一歩ず゛つ地道に前に進んできた早川選手から、患者本人、そしてその周囲へ、地に足の着いたメッセージだ。
  イスラム教シーア派を国教とするイランでは、1979年に王政が打倒されて以来、「イスラム法学者による統治」という政治体制をとる。イスラム法学を修めた宗教指導者が最高指導者として国政の最終決定権を握るシステムだ。現在の最高指導者はハメノイ師(1902~89年)に続く2代目となる。
 最高指導者は、国民が選ぶ専門家会議が任命権をもつが、事実上は終身制だ。国内の治安を担う司法府の長官などの任命権を持ち、精鋭部隊の革命防衛隊も直接の指揮下にある。国政の重要課題は、最高指導者の許可が必要とされる。
 このため、国民の直接選挙でえらばれる大統領は行政の長に過ぎない上、最高指導者の影響下にある。国民の支持があったとても、保守強硬派が牛耳る司法府や革命防衛隊には手が出せないのが実情だ。例えば、ロニハニ大統領は国内で使用できないツイッターの解禁に積極的だ
 
 が、司法府などが国内治安の維持を理由に反対しているため実現できていない。
 また、大統領選挙や国会議員選挙に立候補するにも、最高指導者を頂点とするイスラム体制のチェックを受ける。最高指導者の影響下にある「護憲評議会」の事前審査で、「反イスラム」などと判断されれば失格となり立候補できない。2017年の大統領選挙ではアフマディネジャド前大統領が失格となつた。同氏は政治舞台から排除された形だ。ハタミ元大統領も退任後に反体制でもを支持したとして、メディアでの露出を禁じられている。最高指導者の一存で、左右される。
こういったイランの体制を守る役割を担っているのが革命防衛隊だ。1979年の革命直後に、親米だつた旧王政とつながる国軍が「反革命」に寝返、られないようにと、最高指導者直属
  の組織として設立された。陸海空軍の機能を有し、予算も国軍とは別枠で潤沢とされ、総兵力12万5千人とされる。傘下には「バシジ」とよばれる30万人規模の民兵組織を有し、国内外で軍事・諜報活動や事案維持活動にあたる。
 革命防衛隊はも国内では徹底的な諜報活動で、反体制派やテロ計画を根こそぎ排除し、治安安定の一翼も担う。国外にも内戦の続くシリアや、過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦をするイラクに軍事顧問として派遣されている実際には前線で戦闘に参加しているとみられ、「革命防衛隊なしにはISは壊滅できなかった」(イラン人記者)と言われるほどだ。
 革命防衛隊の影響力は外交にも及ぶ。国外の大使館には革命防衛隊出身の外交官も配置されている。さらに、ゼネコンやエネルギー産業など多くの傘下企業を抱え、イラン経済にも深く関係している。米国は4月に革命防衛隊を「外国テロ組織」に指定。イランと米国などの関係悪化の原因にもなっている。
    (テヘラン=杉崎慎弥)
 
こじれた日韓関係
有田焼の緑 心解かし合えたら
 全国的にも珍しい磁器製の鳥居の上に、山頂が突き出た石碑が見える。焼き物のまち、佐賀県有田町。約400年前、この地で有田焼を始めた朝鮮の陶工、李参平をまつった記念碑だ。
 この場所に日韓両国の首脳を招き、李参平の功績をしのんでもらおうと夢見る人がいる。有田まちづくり公社の高田了二会長(71)だ。「日韓の間には悲しい歴史がある。でも、隣人だからこそ交流もあった。有田の人々は李参平公ーの感謝の念を抱き続けてきた」
 李参平は16世紀末の朝鮮出兵後に日本に連れてこられ、有田の住民と共に日本で初めて磁器を焼くことに成功したとされる人物だ
 記念碑は1918年(大正7)年、有田焼の創始300年を記念して建てられたもの。山腹には応神天皇をまつる神社がある。当初は天皇より高い位置に碑を置くことに強い反対もあったらしいが、最後は「李参平のおかげで今の有田がある」として山頂に建てられた
 毎年5月にはその功績をたたえる陶祖祭が神社で催され、在福岡韓国総領事館や韓国磁文化協会の代表が出席してきた。
 韓国の李洛淵首相も、両国南西部の全羅南道知事だつた3年前、有田を視察に訪れたことがあるという。
 最近はぎくしゃくした関係が続く日韓だが、両国には切っても切れない深いつながりがある。有田の地に立って、そんな思いを新たにした。「両国関係がきしんでいる今こそ、この地の歴史をしってほしい」と高田さんは言う。「きっと関係を結び直すきっかけになるはずです」
 話を聞きながら思い出してことがある。。今月、在日韓大使館・韓国文化院であった韓日交流作文コンテストのことだ。7年前に始まったコンテストの応募点数は約2704点。今年は、利用国関係の悪化にもかかわらず最多だつたという。
 入選した日本語川柳の一つにこんな作品があつた。「行き交えば 結んだ紐も 解けてゆく」。両国関係の歴史は長く、人々の興隆は深い。国どうしの関係に摩擦が生じても、互い関心を持ち、結びつこうとする一人一人の思いはきつと希望へとつながるはずだ。
 令和元年(2019.10.15日)  朝日新聞夕刊