No1  洗礼者聖ヨハネ 近藤勇と鞍馬天狗  土田麦僊  「魚籃観音像」  「鬼の行水」  
           
なぜそんなに欲しくなるのか
「鬼の行水」作者不明 
  民芸運動で知られる思想家・柳宗悦がどうしてもほしかった絵だ。江戸時代、東海道の大津周辺で土産物として売られ、明治に入ると文化人や実業家らが競って収集した大津絵の一つ。かつて小説家の渡辺霞亭が所有した。
 1926年に霞亭が亡くなると売り立てに出されたが、宗悦は入札で日本画家の山村耕花に敗れる。再び入手の機会が巡ってきたのは42年の耕花の死後だ。売り立てに出ると知った宗悦は、確実に手に入れるために一計を案じる。親交が深かった実業家で大原美術館創設者の大原孫三郎に入札するよう頼んだのだ。孫三郎は無事落札。宗悦は「ついに濃い縁が結ばれ」たと喜んだ。孫三郎の没後は、宗悦が初代館長を務めた日本民芸館(東京・駒場)に寄贈された。
 宗悦がほしいと願ってから18年がたっていた。
 大津絵はなぜ、人々の心を引きつけたのか。富田章・東京ステーションギャラリー館長は「プリミティブで素朴、余分なものがなく力強い。たとえまねして描こうとしても作為が出てしまい、簡単に描けるものではない」と、その魅力を語る。
 安価で持ち運びしやすい大津絵は、消耗しやすく、とくに初期の作品で状態のいいものはあまり残っていない。この絵はユーモラスな鬼の表情がくっきり、輪郭線はのびのび、色は鮮やか。保存状態がよい貴重な品で、宗悦は「絶品」と呼んだ。手元にきてからは自ら表装を手がけ、大切にしたという。
      (千葉恵理子) 
(令和)2019・8・13 (火)    朝日新聞夕刊