あっという間に12月、忘れられない年になりました。
 関西フィルはコロナ過の影響で、大阪市港区の弁天市町にある事務所と練習場の移転を余儀なくされました。大阪市に隣接する門真市が幸運にも我々を受け入れて下さり、来春より普段の練習場は門真市市民文化会館ルミエールホールに、事務所もホールの目の前に移転することになりました。
 ホールは今春、リニューアルオープンしたぱかり、跳ぼ3分の京阪古川橋駅前も近年美しく整備され、とっても素敵です。日本オーケストラ連盟の正会員のうち、政令指定都市や中核市以外に練習拠点を置く楽団は初めて。関西フィルは門真市ちと「音楽と活気あふれるホームタウンパートナー協定」を結び、既に地元に密着した様々なアイデァが生まれています。
 隣街の東大阪市と関西フィルは以前より「文化芸術のまち推進協定」を結んでいて、深い絆で結ばれています。東大阪の野田義和市長と門真の宮本一幸市長は関西フィルとの地元文化発展のために手を結び、新しい発想でこの地域を
コロナ過転じて 夢が実現 
盛り上げていくと約束してくださりました。なんと素晴らしい!
 実は移転を巡っては紆余屈折か゜ありました。8月の時点で移転先が決まっておらず、9月末に僕は開催フィルの橋本元・専務理事と大けんか・・。しかし、その翌日の明け方に突然「門真だ!」とひらめき、すぐに浜橋さんに連絡。浜橋さんがその日のうちに門真市に打診し、あれよあれよという間に奇跡がおきだのです。
 事務局はそれまで移転先を30カ所以上検討していましたが、門真はたまたまノーマークでした。あの時、浜橋さんが腹を割って僕に話してくれたからこその結果です。移転先が決まるまで本当に大変だつた事務局と、関係者の皆様全員に深く感謝しております。
 普段の練習を大きなコンサートですることは、我々の念願でした。コロナ過がきっかけでその夢がかない、更なる進化のための素晴らしい一歩となりました。これからが最高に楽しみです。
 それにもう一つ、僕の初めてのエッセイ集を敬文社から15日に発売します。コロナ過で生まれた時間で、新たに書き下ろすことができました。ご笑覧いただけたら幸せでございます。   
  NHKドラマ「雲霧仁左衛門」などを手がけたベテラン脚本家。20代半ばで建機会社を辞め、京都・太泰にあった「KYOTO映画塾」でシナリオを学んで以来、関西を中心に活動してきた。だが、「映画界はヒツトした漫画などを原作にすることが多くなり、オリジナルの脚本の仕事は減ってしまつたた」。
 「これでだめなら田舎に帰ろう」と、畑違いの小説に挑戦した作品が、昨年度の第1回京都文学賞に選ばれた。11月、「羅城門に啼く」(新潮社)として刊行された。
 舞台は、疫病がはびこる平安京。逃げ出した奴婢のイチは生きるため、盗みに殺しに悪行の限りを尽くす。ある時、捕縛され斬首されるところを空也上人に救われる。その教えに従い、捨てられた身重の遊女を助けて世話するようになるが、女はかつてイチが押し込み強盗に入った家の生き残りだつた。
 映画塾では『暗いと売れないよ』とも言われるけれど生き死にのギリギリにいる人間を描いていきたい」      (上原佳久)
ままならぬ生 筆さえた紫式部 
    2015年から3年で終える予定が、気づいたら5年かかった。この間、小説は書けなかったことで、デビュー以来一度もなかったことで、3年目から「(もう)小説が書  池澤夏樹個人編集『日本文学全集』(河出書房新社)で源氏物語を現代語に訳した小説家・角田光代さんが、物語の舞台に近い京都府宇治市の平等院で講演した。全3巻の完結後はじめて、源氏をテーマに角田流の読み方や解釈を披露した。  源氏物語を現代語訳した角田光代さん、宇治で講演
 けないのでは」と心配で、4年目からは「書き方を忘れたわ」と思いながら、訳していた。
 源氏物語五十帖のうち上・中巻は光源氏が主人公。その死後、舞台を宇治に移した「宇治五
 十帖」が下巻のハイライトだ。宇治十帖は男女のすれ違いの連続で、上巻では「光源氏、たいがいにしなよ」と思って訳していたが、宇治十帖では、源氏が主人公の神の国から視点が人間界に降りる。源氏の死で物語が終わってもいいのに、紫式部は人生がうまくいかない様子まで書きたかったのかと思った。
 更級日記に、作者の菅原孝標女が源氏物語を読みたくてたまらないくだりがある。今で言うなら「次の少年ジャンプが待ち遠しい」というほど求められ、紫式部は連載をやめさせてもらえない状態だ。源氏の死後も書かざるを得ず、文章もうまくなかった。作者の才能を超えて、意図した以上に物語が力を持った。
 紫式部は人が苦しみ、悩む姿を書くとき、筆がさえる、上巻で見られなかった人間の姿を中巻で書き始め、下巻でしっかり書いた印象だ。苦しんでままならぬ生をいきるのが人間で、それを突き詰めるのが人間を書くことだと紫式
 部は思っていた。こう想像する。
 紫式部は宇治五十帖で女性を独り立ちさせたかったと私には読める。浮舟は全く意図がないようにみえて、(光源氏の子の)薫や(孫の)匂宮のどちらの求婚も選べず、宇治川に身を投げる。でも連れ戻されてどちらかに属せと迫られ、出家するが、俗世に戻れと言われてしまう。しかし、追いかけてきた薫にも属さない。平安時代から千年後の現代に生きる私だから、フェミニズム寄りの読み方をしてしまう。
 訳していた間、宇治へ行きたいと思っていた。浮舟が身を投げた宇治川を見て、胸がいっぱいで泣きそうになった。思いの外、流れが速くて粗く、ここに身を投げる決意をすることを初めてひしひしと感じた。
   (構成・小西良昭)
2020.12.11      朝日新聞夕刊より